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選ばれた妾 光栄です、お供します


朝の光が、離れの食堂に差し込んでいた。


テーブルには、子どもたちの好きな甘いパンと、薄く焼いた卵、やさしい香りのスープが並ぶ。


「母上が一緒に食べるなんて、ひさしぶり!」


ウイが目を輝かせて言った。


スプーンを手に、すぐにスープをすくい始める。


レイも無言でパンをちぎりながら、ちらりとシリを見て、口元をほころばせた。


いつも通りの無愛想な顔だが、黒い瞳が少し潤んでいた。


ユウは椅子に座ったまま、手を膝に置き、じっと母を見つめていた。


その瞳に宿るのは、安堵とも、疑念ともつかない光。


「ユウ?」


声をかけると、ユウは一瞬まばたきし、それから小さく笑った。


「・・・ここのごはん、味は良いの。母上がいると・・・もっと美味しい」


その言葉に、シリは思わず笑った。


ーーそう、ここが私の居場所。


フォークの音、子どもたちの話し声。

シュドリーの朝とは違うけれど、確かにあの頃の続きのようだった。


レーク城では、グユウと向かい合った静かな朝。

シュドリーでは、子どもたちと囲んだにぎやかな朝。


そして今、ノルドの城で。

もう一度、心から食べられる朝が、始まろうとしていた。



昼過ぎにシュドリー城からの使者が一通の文を届けた。


筆跡はマサシ。


封を切ったゴロクの表情が、わずかに硬くなる。


「重臣会議を10日後、ミンスタ領・シュドリー城にて開く。出席のこと」


文を読み終えたゴロクが、手紙をたたんだままシリに目を向けた。


「・・・妃として、シリ様はここに残る。良いでしょうか」


シリは力強く頷いた。


「ええ、承知しています。妃が留守を守るのは、当然の務めですから」


静かな声に、迷いはなかった。


けれど、その後の一言には、ほんの少しだけためらいが混じった。


「・・・道中、妾の方を一人、お連れください」


ゴロクは眉をひそめた。


「・・・誰かに言われたか?」


「いいえ、私からの申し出です」


シリはまっすぐゴロクを見て続けた。


「妾を連れての旅路は、もともと常のことです」


ゴロクは、シリの言葉に異を唱えなかった。

その判断と立場を、ひとりの妃として信頼していた。


領主が不在の間、妃は城を守る、

争いや遠征がある場合、妾を同行する。


これは昔からの習わしだった。


「同行させる妾はドーラが良いです」


シリが静かに告げると、ゴロクの眉がわずかに動いた。


「・・・ドーラ?」


「はい。年長者で落ち着いていますし、礼儀や作法にも通じています。粗相もありません」

シリの言い方はハキハキとして迷いがなかった。


心の底から、付き添いはドーラが相応しいと思っているようだ。


・・・実際、礼儀を知らないフィルには荷が重い。


「・・・気遣いか?」


「そう思われても、構いません」


正面からそう答えたシリに、ゴロクは一瞬だけ言葉を失った。


シリの視線は揺るぎないものだった。


領務を行う領主のような眼差しだった。


「・・・わかった。伝えておこう」


ゴロクはゆっくりと頷き、目を逸らさずにそう言った。


シリもまた、静かに頭を下げた。


「ありがとうございます。道中の無事を、お祈りします」



出立の準備が始まった日の午後、ゴロクは離れの妾の間を訪れた。


「ドーラ」


名前を呼ばれ、年長の妾はそっと頭を下げた。


「お呼びでしょうか」


「ミンスタまでの道中、そなたに同行を頼みたい」


一瞬、ドーラの瞳が揺れる。


「・・・よろしいのですか。シリ様に、お許しは」


そう問いかけたその声音には、驚きと、どこか遠慮が混じっていた。


ゴロクは少しだけ目を伏せ、ほんのわずかに唇を緩めた。


「そのシリ様が、そなたを名指しで頼んだ。『適任です』と、はっきりと」


ドーラの胸の奥が、きゅっと痛んだ。

喜びでも嫉妬でもない、名もなき感情が走った。


それは、事実にすぎない言葉だった。

けれど、その言い方には、どこか寂しげな色が混じっていた。


それを見た瞬間、ドーラは気づいた。


――この方は、シリ様を好いておられるのだ。


無骨で、照れ屋で妾たちに分け隔てなく接してくれた男がーー

妃の名前を口にするたびに、微かに表情を曇らせている。


それが恋情であることに、疑いの余地はなかった。


ーーそう・・・そうなのね。


心の中でそっと呟く。


言葉には出さない。


それが妾という立場の矜持だった。


「光栄です。お供いたします」


ドーラは静かに頭を下げた。


10年以上に渡る妾生活。


妻を娶らないのは、自分に対しての思いやりだと思っていた。

複数いる妾の中でも、自分は特別な存在。

そう思っていた。


シリ様のようにはなれない。

けれど、選ばれた者として恥じぬよう、ふるまおう。


それが、年長の自分にできる唯一の務めだった。



次回ーー

その夜、妃の部屋をゴロクが訪れる。

扉の向こうで交わされるのは、愛ではなく義務のぬくもり。


抱きしめても届かない想い。

それでも、願わずにはいられなかった。


――いつか、この手の温もりが、あなたに届く日を。


明日の20時20分 妻でありながら他人

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このお話は続編です。前編はこちら お陰様で10万PV突破

兄の命で嫁がされた姫・シリと、無愛想な夫・グユウの政略結婚から始まる切なくも温かな愛の物語です。


▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/

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