妾のところへ行ってください
ノルド城の西の離れ。
三人の妾が肩を寄せ合いながら、暖炉を囲んでいた。
今夜も、妾部屋には静寂が降りている。
ゴロクの足音も、扉を叩く音も、響かないまま、もう――半月。
「・・・さすがに、長いわ」
プリシアがため息混じりに呟いた。
「まさか、あの妃様に夢中なのでは?」
艶やかな髪を指に巻きながら、フィルがわざと笑う。
けれどその目は、どこか淋しげだった。
「そんな馬鹿な。あの年で、いまさら色恋なんて・・・」
若いフィルが言いかけて、ドーラが静かに首を振った。
「・・・いや、妾という立場だからこそ、笑えないわね」
ドーラの声には、皮肉ではなく、妙な敬意がにじんでいた。
「シリ様は、決して若くはないけれど・・・
品がある。隙がない。どこか悲しみを秘めていて、妙に惹かれる」
「しかも、妃。・・・私たちと立場が違うわ」
プリシアが悲しそうに呟く。
「でも、こんなに・・・来てくれないなんて」
フィルがぽつりとつぶやいた。
その声は、どこか子どものようにか細い。
「・・・結婚前は、三日に一度は順番があったのに」
「こんなに空白が続いたのは初めてよ」
「・・・いっそシリ様が意地悪ならよかったのに。冷たく見下してくるなら、悪口でも言えるのに」
「でも、あの方・・・なにも言わないのよ」
「むしろ、部屋が寒いとゴロク様に伝えてくれたって、厨房の女が言ってた」
「食事も少しずつ良くなってきた気がする」
「・・・私たちのこと、ちゃんと見てるわ」
三人は黙り込んだ。
暖炉の灯りが揺れ、薪がぱちりと音を立てる。
「・・・また来るかしら」
「来なくても、私たちは妾よ」
三人の呟きが、暗い部屋にしんと落ちた。
暗い廊下を、風が通り抜けてゆく。
西の離れとは別の棟――妃の私室の窓にも、同じ月が淡く差していた。
天蓋の影が揺れて、シリはまぶたを閉じる。
ゴロクの呼吸が、肩越しに近づく。
熱を帯びた体温が、静かに押し寄せてくる。
彼の手が触れようとしたその時――
シリは、ゆるやかに指を伸ばし、それをそっと押しとどめた。
「・・・今夜は、やめておきませんか」
その声は低く、けれどはっきりと届くものであった。
ゴロクの動きが、ぴたりと止まる。
「・・・理由を、聞いてもいいか」
「私は・・・この年齢です。若い妾の方が、未来があります」
そう言いながら、シリは目を開けずに続けた。
妃の大きな仕事は子作りだった。
自分の年齢では、その仕事を全うすることは難しい。
そして、少しだけでも・・・この夜を逃れたかった。
「それでも・・・」
ゴロクは熱い眼差しでシリを見つめる。
「彼女たちは、寂しがっています。
妾同士の争いが始まれば、城の中が壊れていくかもしれません。私はそれが、嫌です」
シリはキッパリと話す。
妾に対する嫉妬はない。
ゴロクは嫌いではない。良い人だ。
ただ、誰かに触れられることが、もう怖くなっているだけだった。
「それでも、私は・・・」
ゴロクの手が、そっと彼女の指先に触れる。
「ゴロク、私に遠慮はしなくて良いの。妾のところに行ってください」
シリは静かに話す。
ゴロクは頭を振る。
「私はシリ様を・・・今夜も、抱きたいのです」
その言葉に、心が小さく震える。
どうして?
この人は、私を求めるのだろうか。
ゴロクは、シリを抱きしめた。
「・・・シリ様を欲するのは、義務でも、子のためでもない」
「・・・え?」
「私は、シリ様を・・・好いています」
その真っ直ぐな瞳と気持ちに応えることなど、できなかった。
「よろしいでしょうか」
ゴロクに問われて、シリは目を伏せた。
何も言わずに、受け入れることしかできない自分を、どこかで責めながら。
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次回
「重臣会議を十日後に開く」
出立を決めたゴロク、そして同行に選ばれたのは――年長の妾、ドーラ。
それぞれの胸に、愛と義務、そして秘密の想いが灯る。
今日の20時20分 選ばれた妾 光栄です
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このお話は続編です。前編はこちら お陰様で十万五千PV突破
兄の命で嫁がされた姫・シリと、無愛想な夫・グユウの政略結婚から始まる切なくも温かな愛の物語です。
▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/
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