一度くらい、本気で愛されたかった
妾部屋のカーテン越しに、細く射し込む朝の光。
三人の妾たちは、身を寄せ合っていた。
妾達の表情は冴えない。
「・・・見ました?」
プリシアが囁くような声で話す。
まるで、この空気を乱すことすらためらうような。
「昨日のシリ様を見かけた時、少し足元がふらついていた」
「ええ・・・顔色も、どこか冴えなかった」
ドーラが窓の外を見つめたまま、ため息混じりに応じる。
窓の外からは、戦士たちが励んでいる木剣がぶつかる音、掛け声が聞こえる。
「まさか、連日・・・ってこと?」
フィルが悲鳴のような声を出した。
「そんな・・・」
「・・・でも、あの年齢で?」
「そう、私たちよりずっと年上なのに」
「それなのに、毎晩・・・ね」
言葉を重ねるほど、空気はどこか苦くなる。
沈黙のなか、誰もはっきりとは言わないが――全員が同じ想いを抱えていた。
ゴロクが、自分たちの部屋に来なくなってから、もう何日も経つ。
こんなこと、結婚前は一度もなかった。
毎晩のように通っていた。
笑顔もくれた。
時には贈り物だって。
けれど今では、まるで自分たちが存在しないかのように、足音すら近づいてこない。
「・・・あの方が来てから、何もかも変わった」
ドーラが低くつぶやいた。
「ねえ、もしこのままずっと来てくれなかったら・・・わたしたち、どうなるの?」
誰が言ったのかもわからない声が、部屋の奥に落ちた。
その言葉は、重く響き、しばし沈黙を呼んだ。
ゴロクに愛されることで、この部屋に居場所があった。
それがなければ、ただの『邪魔者』になってしまうかもしれない。
「私たちだって、ずっと側にいたのに・・・ただの“身体"だったっていうの?」
フィルの目が潤んでいた。
けれど涙は流れなかった。
女の矜持が、かろうじて堪えさせていた。
しばらく沈黙が落ちたあと――ドーラがぽつりと呟いた。
「・・・一度くらい、本気で愛されてみたかった
「悔しいけど、あの人・・・綺麗よ」
「しかも、モザ家の娘。わたしたちとは、身分が違いすぎる・・・」
三人の妾たちは、静かに肩を寄せた。
愛情ではなく、義務でもなく、
『妾である』というその立場に誇りを持って生きてきた。
けれど――
今、その日常が崩れはじめている。
どんなに取り繕っても、もう以前のようには戻らない。
それを、誰よりも三人自身が、誰より深く、静かに理解していた。
そんな彼女たちの耳に、遠くからまた――木剣の、乾いた音が届いてきた。
それは、もう戻らない日々のかわりに、何かが始まっているという、ささやかな予感だった。
次回ーー
朝靄の立ちこめる馬場に、木剣の音が響く。
何度倒れても立ち上がる少年――シュリ。
「ユウ様を守れる男になりたい」
その一言に、シズルの重臣たちはかつての勇士の影を見た。
まだ細い背に宿る、静かな覚悟。
それが、後に時代を動かす“刃”になることを、誰も知らなかった。
今日の20時20分に更新します 誰よりも守りたい
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この話の前の話 お陰様で10万PV突破しました。
兄の命で嫁がされた姫・シリと、無愛想な夫・グユウの政略結婚から始まる切なくも温かな愛の物語です。
▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/
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