再婚の日、美しさは武器になる
婚礼の日の朝、ユウは1人でノルド城の庭に佇んでいた。
遅咲きのバラが咲き誇っていたが、ユウは足元ばかりを見つめていた。
廊下の奥では、ウイの歓声が聞こえる。
「姉上! 婚礼衣装を見た?」
ウイが廊下の奥からユウに声をかけてきた。
「まだ見てないわ」
ユウは落ち着いた声で返事をしようと努めた。
胸に秘めた苛立ちと憤りを抑えようと必死になっていた。
「すごくキレイなの!物語の中の花嫁様みたい!」
群青色の瞳を輝かせながら、ウイは無邪気に笑った。
「後でみるわ」
ユウは足元に広がった濃紅、柔らかな桃色のダリアを見ながら答えた。
ーー今日は母上の婚礼。気持ちを落ち着かせなくては・・・
ユウは、呼吸をすることだけを意識していた。
自分も・・・ウイのように婚礼衣装に目を輝かせるようになりたい。
きらびやかなドレス、美しい母、婚礼の準備に城内は浮かれている。
だがユウには、それが「女の義務」にしか見えなかった。
無心になろうと努力をするたびに、妾たちの豊満な胸、態度を思い出して、
苛立ちを抑えきれなくなる。
そのユウの背中を黙って見つめる視線に気づいた。
ふり返ると、シュリがいた。
「ユウ様・・・おひとりで?」
「少し静かになりたくて・・・」
ユウはうつむく。
「シュリ、お誕生日、おめでとう」
不意にユウが口を開いた。
シュリは目を瞬き、そして、はにかんだように笑った。
「・・・覚えてくれて」
「毎年言ってるじゃない」
ユウは少しだけ口元をゆるめた。
だが次の瞬間、ふいにその目が鋭くなる。
「シュリ・・・聞いてもいい?」
「え? あ・・・はい」
「男の人って・・・ああいう妾たちみたいな、胸の大きい女の人が好きなの?」
あまりにもストレートな問いに、シュリは目を見開いた。
「え・・・っ、そ、それは・・・!」
突然のことに、シュリの顔が真っ赤になり、言葉が詰まる。
「好きとか嫌いとか・・・そういう、えっと・・・いや、その・・・」
「ふふ」
ユウはふっと笑った。乾いた、刺すような笑いだった
「・・・やっぱり、ああいう女がいいんでしょ。穢らわしい」
「ゆ、ユウ様、それは・・・」
「シュリも見るでしょ。あの胸から目をそらしてなかった」
「み、見て・・・たわけじゃ、いや、見たかもしれませんが、だからといってその、なんと言いますか・・・!」
シュリの顔はますます真っ赤になり、あたふたと頭をかく。
その姿を見て、ユウの笑みが少しだけ緩んだ。
「・・・変なの」
「わ、私が・・・ですか?」
「シュリは優しいのね。私が何言っても怒らない」
ユウはわかっていた。
この時代、女性が男性に揶揄うような発言は許されない。
「怒りません」
「なぜ?」
ユウは少し顎を上げた。
「ユウ様が深く傷ついていることを知っているからです」
シュリが静かに答えた。
ふいに、強い風が吹いた。
散りかけのバラの花びらがユウの肩に落ちる。
彼女はそれをそっと指先で払った。
「今日の婚礼、笑えないと思うの。母上が嫁ぐってことに」
「・・・わかります」
「でも、私たち、姫はそうして生きていくんだわ」
悔しげにつぶやく。
「・・・はい」
しばしの沈黙の後、ユウはもう一度だけ、シュリの方を見た。
「だから、今日はシュリの誕生日だけど――ごめんね、めでたく思えないの」
「・・・それで、十分です」
シュリは、静かに頭を下げた。
何も励ますことが言えなかった。
「シュリのお陰で大人しく参列できそうだわ」
ユウは小さなため息をついた。
少しだけ気持ちが落ち着いた。
「あなたがいてくれて良かった」
ユウはシュリの瞳をじっと見つめた。
その眼差しに、シュリは頬が赤くなる。
ユウの眼差しは、豊かな胸よりも、シュリの心を揺らすのだ。
「ユウ様!参列の支度をします」
乳母のヨシノが声をかけた。
手には正装用の淡い紫色のドレスを持っている。
「今、行くわ」
ユウは淡々と返事をして、部屋にむかった。
その背中を見つめながら、シュリは見送った。
自分の胸の奥に、何か小さなものが灯っているのを感じながら――。
ユウが部屋へ向かった頃、離れでは、シリが静かに衣装を身にまとっていた――
鏡の前で、髪を結い上げられ、青色の飾り櫛が音もなく差し込まれる。
侍女たちは丁寧に、慎重に手を動かしていた
だが、その動きとは対照的に――シリの胸の内には、ざわめきが広がっていた。
――また、これを着る日が来るなんて。
衣装は、これで三度目。
一度目は、十四年前の婚礼の日。
二度目は――離縁協議をするために交渉に行く時だった。
その日の朝、グユウはぽつりとつぶやいた。
『あの時、言えなかったけれど…』
『あの時?』
シリが不思議そうな顔をする。
『結婚式・・』
シリは黙って、グユウが次の言葉を出すのを待っていた。
『こんな美しい妃が・・・オレに嫁ぐのは・・・夢のようだと思っていた』
口下手なグユウが一生懸命言葉にしてくれた。
・・・戦で亡くなった夫との記憶を纏う衣装。
それを、今日。
新たな政略のために――再びまとう。
「ゴロクに嫁ぐなんて・・・誰が想像できただろう」
シリは誰にも聞こえないほど小さな声でつぶやいた。
「お似合いでございます、シリ様」
侍女の声が聞こえたが、シリの耳には届かない。
裾をつまむ手が、ふと震える。
・・・グユウさん ごめんなさい。
心の奥で、小さくつぶやく。
ーーあなたのために着たはずのドレスを、私はいま――別の男のもとへ向かうために着ている。
胸の奥に、ひびが走るようだった。
けれど、
ーー泣いてはいけない。
私はもう・・・あの子たちの未来とモザ家を背負っている。
あの子たちが悲しまないように。心配しないように。傷つかぬように。私は強くなければならない。
鏡の中の自分を見つめる。
目元の影、首の線、手の震え――
すべてが「ひとりの女」としての揺らぎを映していた。
だが、次の瞬間。
シリはゆっくりと息を吸い、目を閉じ、そして――目を開けた。
その瞳は、もう揺れていなかった。
ーーこれは、ゴロクの妻になるドレスではない。
裾を正し、髪の乱れを確認する。
美しくあることは、女にとって、ときに武器になる。
ーーこれは、娘たちを未来へ渡す私の「武器」
それを身にまとい、今日という日を乗り越える。
それが、自分にできる唯一の戦いだ。
シリは、鏡の中の自分にそっと囁いた。
「泣くのは、死ぬときでよい」
そして、扉の外へと歩み出た。
次回ーー
青いドレスに身を包んだシリは、娘たちの前に立っていた。
「きれい」と無邪気に口にするウイ。そっと母に寄り添うレイ。
けれどユウだけは知っていた。母の美しさの裏に、苦い覚悟が隠されていることを。
明日の20時20分 祝福という名の戦場
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このお話は続編です。前編はこちら お陰様で10万PV突破
兄の命で嫁がされた姫・シリと、無愛想な夫・グユウの政略結婚から始まる切なくも温かな愛の物語です。
▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/
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