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妾たちのまなざし、揺れる序列

衣擦れの音と共に、三人の女性が現れた。


誰一人名乗りはしない。


ただ、少し離れたところで静かに一礼し、部屋の隅に立った。


その姿に、家臣たちの空気がわずかに変わった。


目を伏せる者、黙礼で応じる者――重臣たちの誰もが、無言のうちに“認識”した。


この人たちはゴロクの妾だわ。


シリは、一瞬でわかった。


そのうちの一人が、ちらとユウを見る。


眼差しは穏やかだが、まるで品定めをするような、静かな光を湛えていた。


気が強いユウは負けじと、背筋を伸ばし、まっすぐに彼女を見つめた。


「おお、怖い!」と言わんばかりに妾は肩をすくめる。


ウイはオドオドと視線を逸らし、レイは目を丸くしてその女たちを見つめた。



「この者たちは・・・」


ハンスが、控えめに声をかける。


彼の空気には微かな緊張が漂っていた。


「存じています。ゴロクの第二夫人だとか」

シリはにっこりと微笑んだ。


「はい。そうです」

ハンスの額には、うっすらと汗が浮かぶ。


三人の女がつつましく膝をつき、次々と頭を垂れた。


「シリ様、このたびはお越しくださり、誠に・・・」


名乗る声は順に続くが、シリの耳には、ほとんど入ってこなかった。


それでも、礼を尽くす彼女たちの動きには、無視できない気品があった。


ただ、目の前に並んだ三人の、豊かな胸ばかりが視界に入り、思考を支配していた。


ーーまぁ、よく育ったこと。


シリは微笑みを崩さぬまま、心の中でつぶやいた。


正面に座る一人目は、第一妾・ドーラ。


年は27、髪を美しく結い上げ、落ち着いた気品をまとっている。


ふくよかな胸元は、見る者に安心感を与える。


ゴロクが彼女に信頼を寄せていることは、顔を見ればわかった。


この人が、いちばん長く共にいたのでしょうね。


シリは直感的にそう思った。


二人目の第二妾・プリシアは、まだ19歳。

淡いピンクのドレスに身を包み、視線を伏せたまま、控えめに名乗る。


だが、その胸元は隠そうとすればするほど、かえって目を引く。


・・・隠すほうが難しいわね。


シリは微笑を絶やさぬまま、内心でつぶやく。


そして最後に名乗ったのは、第三妾・フィル。

領民出身の彼女は弾けるような若さと美しさがあった。


「よろしくお願いいたします」

ぴたりと正面からユウの目を見据える彼女の胸は、笑顔と同じく元気よく、

――いや、動きに合わせて跳ねてすらいた。


それが妙に生々しくて、シリは目を伏せたくなった。


「いくつなの?」

思わず質問をしてしまった。


「17です」

顔を上げたフィルの返答とともに、再び弾む。


若さって、こういうことかしら・・・。


視線の置き場に困る。


それは、弾む胸ではなく、自分の娘と年が違わないという事実の重さだった。


「どうぞ、以後とも、よろしくお願いいたします」


3人がそろって頭を下げたとき、ユウはその様子を横目に睨みつけていた。


豊かな胸が揺れるたび、何かが塗り潰されるような気がして、奥歯を強く噛みしめた。


――穢らわしい!


心の中に沸き立つものが、喉の奥に引っかかる。


ーーまるで・・・胸の大きさで、女の価値が決まるみたい。


そんな気がして、悔しかった



「ご丁寧にありがとうございます」

シリは微笑みながら話す。


これが、政略結婚。

これが、「妻」と「妾」が共に暮らすということ――。


政略結婚は2回目、けれど、その暮らしは初めてだ。


だが、それでも。


ーー私は、この子たちを守らなくてはならない。


妾たちが退出した後の沈黙の中、シリは静かに目を伏せた。


その夜、シリはエマと二人きりになった時に本音を漏らした。


「すごい胸だったわね」

シリは思わず自分の胸に触れた。


自分の・・・倍? 三倍はあるようなボリュームだった。


「どの胸も立派だわ」

シリは苦笑いをした。


今まで自分の胸に対して思うことなどなかった。


豊かではない。


けれも、グユウは、そのままのシリを大事にしてくれた・・・。


「三人とも・・・」

エマも苦笑いで返した。


「ゴロクの好みは、豊かと若さね」

自分はどちらも当てはまらない。


それは、むしろホッとすることだった。


「今日は疲れたわ」


「無理もないです。長旅の後・・・様々な人にお逢いしたので気疲れもあるでしょう」

エマは優しく、シリを寝かせた。


明日はゴロクと結婚式・・・そして今頃は初夜だ。


シリはため息をついて、眠りに落ちた。



次回ーー


婚礼の朝、ノルド城は華やかな空気に包まれていた。

だがユウは、庭の片隅で花を見つめ、胸の奥の苛立ちと痛みを隠そうとしていた。

一方、離れの間では――シリが再び婚礼衣装を纏っていた。

それは愛した男との記憶を背負う衣装。

けれど今日からは、娘たちの未来を守るための「武器」になる。


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