婚礼前夜、光差す広間で
広大な城内に入ると、侍女たちが恭しく整列し、三姉妹の一歩一歩を見守っていた。
「すごい・・・」
ぽつりと呟いたのはレイだった。
天井の高い廊下、磨き込まれた床、見慣れぬ豪奢な壁飾り――。
彼女の瞳は、まるで宝石を見つけた子どものようにきらめいていた。
一方、ウイは少し怯えながらユウの袖にしがみついていた。
ユウは大丈夫よと言わんばかりに、ウイの顔を見つめる。
その後ろを、乳母とシュリがついていく。
控えの間に入ると、母シリがすでに椅子に座っていた。
薄紫のドレスに身を包み、背筋を伸ばしたその姿は凛とした気配が漂っている。
母の姿を見つけた瞬間、ウイはホッとしたように息を吐き、
レイは無言で駆け寄ろうとしてユウに止められた。
三姉妹は緊張した面持ちで、定められた椅子へと腰を下ろした。
「シリ様・・・ようこそお越しくださいました」
部屋に入るなり、頭を下げたのは、老臣ハンス。
老臣ハンスは、長年ゴロクに仕えてきた重鎮である。
白く長い髭、深い皺、そして年老いても、まっすぐな背筋が、彼の気骨を物語っていた。
彼はやさしく微笑むと、すぐに三姉妹の方に視線を移した。
「姫君方も、ようこそおいでくださいました。・・・いやはや、美しさに目を奪われましたぞ」
その言葉に、ユウは少し困ったように笑い、ウイは緊張したように小さく会釈をする。
末っ子のレイだけは、きょとんとした顔で相手の白髪をじっと見ていた。
「おや、これは末姫様――たいそう聡い眼をしておられる」
そんなやりとりに、家臣たちは思わず笑みを浮かべる。
優しい重臣だわ・・・
彼が醸し出す空気に、シリは少しだけ表情を崩した。
「ゴロク様からは、まず本日、家臣の紹介とご挨拶をするように命じられています。
明日、正式に婚儀を執り行います」
婚儀前に花婿と花嫁は必要以上に会わない。話さない。これが取り決めだった。
「はい」
シリは少しだけ目を伏せた。
恐れていた・・・嫌がっていた婚礼が明日に迫った。
何度も、何度も、心の中で「嫌だ 嫌だ」ともう1人の自分が騒いでいる。
その度に、もう1人の自分が「逃げるな」と叱咤する。
だが、その嫌悪とは裏腹に、
整った控えの間、微笑む家臣たち――すでに『逃げられぬ現実』はそこに整っている。
ーーもう逃げれない。
ハンスの後に続いて、重臣たちが次々と名乗りを上げる。
「ジャックと申します」
一礼をした後に、ユウたちにニカっと笑い、
「姫様!ようこそ!ようこそ!」と大声で挨拶をした。
朗らかな笑顔、明るい性格を感じる。
まくられた腕から、日々鍛えられている様子がわかる。
剣が強そう・・・
シリは思った。
「ノアです・・・。よろしくお願いします」
遠慮がちに挨拶する重臣 ノア。
落ち着きがあり、優しそうな雰囲気が滲み出ている。
この人は・・・知性の重臣だわ。
シリは直感した。
最後の重臣にマナトが挨拶をした。
「シリ様、姫様たち、困ったことは何でも相談してください」
優しく微笑んだ。
マナトの顔を見て、シリと娘たちは少しだけホッとした。
シュドリー城から、ずっと付き添っていたマナト。
気心が知れている重臣だ。
「どうぞ、このノルド城を第二の故郷と思うてくだされ」
重臣の紹介を終え、ハンスは頭を下げる。
――そのときだった。
扉の向こうから、静かに女たちの足音が近づく。
次回ーー
衣擦れと共に現れた三人の女――ゴロクの妾たちだった。
豊かな胸と若さに圧され、ユウは奥歯を噛みしめる。
シリは微笑みを崩さず、心に誓う。
「それでも、この子たちを守る」
明日の20時20分 「男の人はあんな胸が好きなの?」
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このお話は続編です。前編はこちら お陰様で10万PV突破
兄の命で嫁がされた姫・シリと、無愛想な夫・グユウの政略結婚から始まる切なくも温かな愛の物語です。
▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/
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