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娘たちを守り抜く。それが、私の最後の争い

「ここが・・・私の生まれた所?」

レイが質問をした。


「そうよ・・・ここにお城があったの」

シリの声は震えていた。


シリと娘達はレーク城の跡地に立っていた。


レーク城は壊され、土台の欠片は、今は苔に覆われ、その輪郭も曖昧になっていた。


けれど、玄関があった西側の薔薇は、今も変わらず真っ赤に染まっていた。


その花達を背に、馬場があった方に足を運ぶ。


豊かな水をたたえる広大なロク湖、その湖面に浮かぶポッカリと浮かぶチク島、

懐かしい景色がシリの目の前に広がった。


そこはグユウとシリの散歩コースでもあった。


何度も、ここをグユウと歩いた。


『ここの景色が1番好き』

シリはグユウに何度もつぶやいた。

グユウは黙ってうなずいてくれた。


ユウの妊娠を告げたのも、この場所だった。


『シリさえいれば何もいらない』

グユウがシリを抱きしめたところだ。


『シリ、お前ほど美しい人はいない』

別れる時に、不意にグユウは真剣な声でささやき口づけをした。


『戻ろう。冷える』

夕暮れに、優しく手を握ってグユウと城まで帰った。


もう一緒に帰ることができない。



「あぁ・・・」

様々な思い出が蘇り、シリは歩けなくなった。


娘たちは、突然立ち止まった母の顔を顔を見上げた。


見上げた母は、止めようのない涙が頬を伝っていた。


嗚咽は漏らさない。ただ、静かに、静かに泣いている。


3人の娘たちは黙ってシリに寄り添った。


ユウが声をかけようとして、開いた口は閉じた。

ウイは唇を噛んでいる。


「母上・・・」

レイが小さな声で呼ぼうとしたが、ユウが軽く首を振る。


少し離れたところで、エマ、シュリ、マナトが4人の様子を見つめていた。


ユウがそっとシリの袖を握った。


我に返ったシリは、その手を取り、3人の娘を優しく腕に抱き寄せる。


「ここの景色が一番好き」

9年ぶりにその言葉を口にした。


その目は、ここが世界中で美しい場所と心得なければ気のすまぬ目だった。


あの時は、隣にはグユウがいた。

今は・・・腕の中に3人の娘がいる。


ユウがシリの背にそっと手を回した。

ウイとレイは何も言わず、シリの胸に身を預けた。


そのぬくもりが、暖かくて腕に力を込めた。


「母上はここで幸せだったの?」

レイは無垢な瞳で問いかける。


「幸せでした」

その声は誰かを恋しくて震えている。


「争いがあっても・・・?」

ウイが控えめに質問をした。


生家と争い、父を失っても――母は、幸せだったのか。


「ええ。グユウさんに出逢って、あなた達が産まれた。幸せでした」

シリは優しく話した。


風が吹き、娘たちの髪が舞い上がる。

シリの胸に抱かれたまま、娘たちは静かに目を閉じた。


シリは顔を上げた。


大好きだった城はなくなった。


けれど、恋しい人との記憶、いま目の前にある命がここにある。


「新しい土地で・・・一緒に頑張りましょう」

そう告げたシリの声は、風に乗って静かに空へと消えていった。


「さぁ、馬車に戻りましょう」

シリは過去を断ち切るかのように話し、ゆっくりと歩いた。


母の背中を見つめながら、娘たちは後をついて行く。


「あそこに城門があったの」

ウイはレイに熱心に説明をしていた。



黙って歩く、ユウの後ろにシュリがいた。


「シュリ・・・覚えている?西側の・・・作業部屋」

ユウが今は何もない方角に目をむける。


「はい。よく3人で見ていましたね。馬場で話すお二人を」

シュリは懐かしそうに小さく笑った。


西側の部屋は、馬場が一望できる窓があった。


そこに椅子や踏み台を置いて、

ユウとシン、そしてシュリが声を潜めながら、時には歓声を上げながら両親の姿を見ていた。


遠目から見てもわかった。


グユウが静かにシリの頬に触れて・・・シリは恥ずかしそうにグユウの唇を受け入れて。


一瞬の、けれど永遠のように美しい口づけ。


その光景は、幼いユウの胸に熱い何かを残した。

父と母が交わす口づけ――

それが、夫婦というものなのか。

これが、想い合う夫婦なのか。


仲睦まじい両親に憧れを抱いた。


その時に隣で、指の隙間から覗いていたシン、

口づけをした後に、微笑んでシリを抱き寄せた父は・・・もういない。



気の利いた言葉をかけられない自分に、シュリは胸を痛めていた。


うつむいて草むらを踏みしめながら歩いていた。


ふと、足元の土の中に、他とは明らかに違うものが混ざっていた。


――黒い石。


丸く、手のひらにすっぽり収まる大きさ。


光を吸い込むような深い深い黒い石、それはまるでーー。


シュリは、それを拾い上げ、そっと土を払い落とした。



言葉にできないまま、石を手に持って立ち尽くした。


「シュリ、どうしたの?」


急に立ち止まったシュリに、ユウが振りむき声をかけた。


シュリは、何も言わずユウの隣に立ち、黒い石をそっと見せた。


「・・・父上の瞳の色」

ユウは思わず口に出した。


自分と同じことを思っていた。


そのことをシュリは嬉しく思った。


「・・・これ、どうぞ」

シュリはユウに差し出した。


ユウは、シュリの茶色の瞳をじっと見た。


「・・・ありがとう」


小さく、けれどはっきりとした声。

その声に、シュリはほんのわずかに微笑んだ。


ユウは、両手でその石を受け取ると、懐にそっとしまった。


「私も・・・この景色が一番好きだわ」

ユウは陽にきらめく、ロク湖を見つめた。


「私もです」

シュリが控えめに話す。


3人で笑い転げ、はしゃいだあの時。


「幸せだった。父上と母上のような両親の元で産まれて…」


その幸せは与えられたものだ。


「これからは…私が母上を幸せにしたい」

ユウは決意したように、力強く話した。


「はい」

シュリは微笑んだ。



馬車に乗り込む前に、シリは名残惜しそうにレーク城があった場所を眺めた。


大好きな想い出の場所。


嫁ぐ前に訪れる事ができて幸せだった。


「マナトありがとう。行きましょうか」

シリは微笑んで、馬車に乗り込んだ。


過去を封じるのではなく、心に抱いたまま歩く。


揺れる馬車の中、レーク城を背にシリはつぶやいた。


「娘たちを守り抜く。それが、私の最後の争い」



次回ーー


城門が開き、夕陽に照らされた白と紫のドレス姿のシリが現れた。

その瞳の光は、誰もが息を呑むほど気高かった。



ここまで読んでくれてありがとうございます。

あなたの存在が、この物語を書き続ける理由になっています。


もし「シリがどうなるか、ちょっと気になるな」と思ったら、ブックマークしてもらえるとすごく励みになります。

次の章で、彼女は少しだけ前に進みます。ぜひ、見守ってやってください。


明日の20時20分 婚礼の城門

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書き手の苦悩、笑ってください →タイトル詐欺と言われた件


『テンプレ?何それ?美味しいの?』


なろうテンプレを知らずに「小説家になろう」に突撃したド素人の全記録。


▼ ここから読めます:

https://book1.adouzi.eu.org/n2523kl/

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