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さよならを言わない別れ

「カツイ、色々と・・・ありがとう」

宿に戻ったシリは、カツイに礼を伝えた。


「ずっと・・・シリ様をお連れしいと思っていました」

カツイは切なそうに目を細めた。


シリがグユウのことを忘れて、前に進もうとしているのなら、屋敷跡は見せないつもりだった。


けれど、9年ぶりに再会したシリの目を見て気づいてしまった。


ーーシリ様は、グユウ様を忘れていない。


それでも、ゴロク様のもとへ嫁ぐ覚悟を持っている。


・・・それが、どれほどの強さが必要なのか。


シリの気持ちを考えたら、提案をせずにいられなかった。


「昼過ぎには、シズル領に到着する予定よ。最後に見れて良かった」

シリは髪の毛を耳にかけながら話す。


「はい・・・」

カツイは静かに返事をした。


その時に軽快な足音が聞こえ・・・客間の扉が開いた。


「レイ!」

シリの声に釣られて、扉の方を見たカツイは目を疑った。


真っ黒の髪に白い肌、凪いだ黒い瞳・・・


少女とわかっていても、言わずにいられない。


「ぐ・・・グユウ様?!」

あまりの驚きに、カツイは立ち上がりかけた。


ぽふりとレイがシリの胸に顔をうずめた。


カツイの驚いた顔を見て、シリは嬉しそうに微笑む。


「・・・似ているでしょう。グユウさんに」

そっと手を伸ばし、レイの髪を撫でる。



「はい。特に目が・・・」

カツイは、レイの瞳から目を離せずにいた。


「レイ、母の大事なお客様よ。挨拶は?」


レイが口を開けた瞬間、


「母上!私もレーク城を見たいです」

そう言いながら、ユウが客間に入ってきた。


ユウが部屋に入った瞬間、カツイは驚きのあまり椅子から転げ落ちそうになった。


「シリ・・・様?!」


熟れた金色の髪の毛、堂々とした立ち姿、少し顎を上った様子、見た目も雰囲気もシリそっくりだった。


ユウが部屋に入ると、その場の空気が華やかなもの変わる。


ユウは、澄んだ青い瞳でカツイを見つめた。


その眼差し、見覚えがある。


「ゆ・・・ユウ様⁈ お久しぶりでございます」

カツイの声が上ずる。


「シュリ、この方を覚えている?」

ユウは後ろに佇むシュリに声をかけた。


「はい。セン家の重臣だったカツイ様です。お世話になりました」

シュリは、柔らかな茶色の瞳でユウを見つながら答えた。


そのシュリの返事を聞いて、ユウは会釈をした。


「シュリ、大きくなって・・・」

カツイの声は感激深くなる。


子供達の成長に失われた9年間を感じる。


扉の向こうでウイがこっそりと覗く。


「ウイ様!!お懐かしい!」

シュリと並ぶウイの姿に、カツイの頬が緩む。


あどけない少女だったあの子が、すっかり娘らしくなっていた。


そんなカツイの感慨をよそに、ユウはシリに歩み寄る。


「母上、せっかく近くに来たのだからレーク城を見たいです」


「私は一度も見たことがない」

レイも言葉少なく訴える。


「そうですね・・・マナト、レーク城の跡地を見ても大丈夫そう?」

シリはマナトに質問をした。


「短い時間でしたら大丈夫です。到着は今日中とゴロク様にお伝えしています」

マナトは穏やかな声で話す。


「それなら、支度をして。行きましょう」

シリの言葉に、子どもたちは目を輝かせて部屋を出て行った。


「まさか・・・ここまで立派に」

カツイは呆然と呟いた。


「あの子たちが、今の私を支えてくれています。グユウさんと約束したのです。セン家の血を繋ぐと」

シリは小さく微笑んだ。


明るい朝の日差しを浴びながら、宿の玄関先に現れたシリの姿に、子供達は息を呑んだ。


「母上・・・素敵です」

ウイが恥じらいながら褒める。


シリは白と紫色のドレスを身にまとっていた。


紫色のすそが夢のように淡く揺れる。


「似合っているかしら?」

シリはそっと微笑んだ。


「はい。でも、どうしてその色を?」

ユウが質問をした。


シリはいつも黒色のドレスばかり着ていた。



「兄が、レーク城入城のために仕立ててくれたの。モザ家の誇りとして、見劣りしないようにと」

シリが説明する。


「入城する時のためだけにドレスを作ったの?」

ウイが目を丸くする。


「はい。この世に二つとないドレスをシリのために用意せよ――とゼンシ様は張り切ったものです」

エマが懐かしそうに話す。


「叔父上が・・・」

ユウがつぶやく。


「ええ。ゼンシ様の指示は細やかで一言の妥協も許さないと仕立て屋が嘆いていました。

シリの瞳に映えるためにも、白は濁らせるな、紫は濃すぎても薄すぎてもダメだと・・・」

エマの話を聞きながら、シリは目を伏せる。


ゼンシが、自分の婚礼のために、そこまで準備を整えてくれたことは初耳だった。


このように装いに力を入れる背景は、モザ家の威信のためでもある。


レーク城に入るその瞬間に、シリが人々の目にどう映るか。


ゼンシは考えたのだろう。


そして・・・ゼンシなりにシリへの愛情を感じる。


「それを着て嫁いだのね」

ユウが小さく呟く。


「そう」

その一言に、少女たちは顔を見合わせた。



「聞いたわ。父上は、馬車を降りた母上を見て一目惚れしたって!」

ウイの言葉に、シリの顔が紅潮する。


グユウが亡くなる直前に口にした言葉――


『惚れてしまったのだと思う。あの頃と同じだ。シリ、綺麗だ』


「からかわないの」

軽く咳払いして逸らすが、娘たちはにこやかに笑った。


「母上、シズル領には行ったことがあるの?」

レイが聞く。


「いいえ。グユウさんの親友が治めていた場所よ。

争いで亡くなったあと、ゴロク殿が治めることになったの」

シリは静かに話す。


ーーグユウの親友 トナカの領地だった所に自分が嫁ぐ。


人生は何があるかわからないものだ。


子供達の質問は途切れることがない。


「このままでは到着が夕方になりそうです」

マナトは苦笑いをしながら、カツイに話す。


「マナトッッ!!」

カツイはマナトにすがりついた。


「シリ様を・・・!姫様達をよろしく頼む」

悲痛な表情でカツイは頼んだ。


望まない結婚生活だとしても・・・

せめて、せめて、この母娘達が仲睦まじく暮らしてほしい。


カツイは願わずにいられなかった。


「必ず。命に代えても」

マナトの瞳は真剣だった。


その瞳に、カツイは少しだけ救われた気になった。


「さぁ。行きましょう。馬車に乗って」

シリは苦笑いをしながら、子供達を馬車に追い立てた。


「シリ様、ここでお別れです」

カツイが深く頭を下げた。


元重臣とはいえ、婚礼行列に付き添うことはできない。


「カツイ・・・本当にありがとう」

シリは心を込めて、カツイに伝えた。


「シリ様とグユウ様にお仕えできたこと、光栄でした」

カツイは片膝をついて頭を下げる。


その言葉を伝えた瞬間、急に涙がこぼれそうになった。


もう・・・もう2度とシリに逢えないような気がした。


シズル領の妃になれば逢えなくなるのは当然だ。


そういうのではなくて・・・


シリが遠い世界に行ってしまうような気がしたのだ。


「カツイ、別れの言葉みたいに言わないで」

シリの言葉に、カツイは顔を上げた。


「はい・・・」

カツイの瞳から涙がこぼれた。


「生きていれば必ず逢えるわ。その時まで・・・お互い頑張りましょう」

シリはカツイの瞳を真っ直ぐに見つめた。


ーー強い女性だ。


これでは、どちらが励まされているのかわからない。


婚礼にむかう女性には「お幸せに」と伝えるのが相応しかった。


けれど、カツイはその言葉が言えなかった。


シリが自ら苦しみへの道を歩むことがわかっているからだ。


その代わり・・・


「お元気で」


少し声を震わせながらカツイは伝えた。


「ええ」

微笑んだシリの姿は美しかった。


それがカツイにとって、最後に見たシリの姿だった。


今回の話で10万文字を突破しました。進まぬ展開に家族からは「タイトル詐欺」と言われています。

第2部は明日で終了です。少しでも続きを気になった方はブックマークをしてくれると嬉しいです。


次回ーー


過去を封じず、抱いたまま歩く。

「娘たちを守り抜く。それが、私の最後の争い」

シリの決意は、新たな地へと向かう馬車に揺れていた。


明日の20時20分 「思い出を胸に」


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カツイも登場するお話

兄の命で嫁がされた姫・シリと、無愛想な夫・グユウの政略結婚から始まる切なくも温かな愛の物語です。


▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/

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