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近すぎる距離 遠すぎる想い

夜の気配が、静かに庭を包んでいく。


その中で、ふたりだけの時間が始まろうとしていた。


ユウは、シュリの肩にもたれていた。


語られぬ想いが、少しずつ、2人のあいだに満ちていく。


「ユウ様・・・」

シュリの声が、かすかに揺れる。


「なに?」

ユウはシュリをジッと見上げた。


淡い夕闇の中でもユウの髪は輝き、その青い瞳には人の心を魅する光が溢れていた。


ーー近い。


目を逸らそうとしたが、逸せない。


そのまなざしの真っ直ぐさに、シュリは息をのんだ。


それはもう、幼子が父を見上げる目ではなかった。


姫が家臣を見る目でもなかった。


・・・女が、男を見る目だった。


惹かれてはいけない。


――そうわかっているのに、想いは日ごとに深くなる。


隣にいる少女は姫で、自分は乳母子。


超えてはいけないーー線がある。


そう思っているはずなのに。


心と裏腹に、身体は動かない。


戸惑いと共に、胸の奥に湧き上がるのは――

抗えぬほどに、人間らしい気持ちだった。


ーーいつからだろう。

ユウの笑顔が、自分の胸をこんなにも締めつけるようになったのは。


風に揺れる髪の香り。

あの人の指が、何気なく触れた時の感触。


忘れようとしても、思い出そうとしなくても、心が勝手に覚えている。


許されるはずがない。

身分も、立場も、すべてが違う。

それでも、願ってしまう。


ーーせめて、今夜だけでも、この人の傍にいられたら。


ユウの瞳に、自分が映っている、それだけで――。


けれど・・・。


ーーこの視線に応えてはいけない。


シュリはそっと目を閉じた。

どうしようもないほどユウに惹かれてしまう自分を深く、静かに責めを下す。


「新しい場所に行っても・・・シュリがいれば私は心強いわ」

ユウの声は落ち着いていた。


苛立ちはおさまったのだろう。


「・・・はい」


「シュリ、私のそばに・・・いてね」


「ユウ様が望むなら・・・いつまでも」


けれど、その言葉の温度だけでは、ユウの不安は消えなかった。


その声を発する、あの一瞬。


何かを押し殺すように目を伏せた仕草が、ユウの胸に小さな棘を残した。


――シュリ。


わたし、あなたに甘えてばかりかもしれない。

でも、もし・・・この想いが、ただの主従ではないのなら。


あなたは、どう受け止めてくれるの?


窓の向こう、夕暮れの空が、少しだけ滲んで見えた。


ユウは何も言わず、ただ前を向いた。


一歩ずつ進む足音が、胸の中の問いかけをかき消していく。


「城に戻りましょう」


並んで歩くユウの横顔を、シュリは切なげに見つめた。


ずっと一緒にいれば、ずっとこのままでいられると思ってた。


けれど、気づいてしまったーー


この距離は、あまりに近くて。

けれど、どこまでも遠いのだ。


シュリは、その切なさを胸に抱いたまま、静かに歩を進めた。


次回ーー

明日、シュドリー城を出立する。

婚礼の支度が整う城内は、どこか張り詰めた空気に包まれていた。

毅然とした視線の裏で、シリは「私はもう女ではない」と心に誓う――母であり、政の駒として歩む日々が始まる。

だが馬車の揺れの中で、ある娘がこぼした小さな告白が、静かな波紋を広げる。

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