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ユウの瞳に、兄の影が宿る

陽はすでに傾き、雨上がりの風が開いた窓からそっと入り込む。


「シリ様、お手紙が届いています」

エマが封書を差し出した。


宛名を見たシリは、ぱっと顔を明るくした。


「カツイだわ!」

部屋に響く声にエマが嬉しそうに笑う。


カツイーワスト領の元 重臣。

少しーー頼りないけれど、気が優しい男だった。


封を開け、羊皮紙を広げる。


すぐ隣のエマが身を乗り出す。


「元気そうですか?」


「ええ。元気みたい。婚礼のとき、ワスト領を通るなら挨拶をしたいって」

シリは懐かしそうに微笑んだ。


「そうですか・・・」

ミンスタからシズルへ向かうには、かって暮らしていたワスト領を通ることになる。


「もう・・・あの地には戻ることもないと思っていたわ」

ふとシリの声に翳りが混じる。


「そうですね」

エマは切なそうに答える。


家のために決意した再婚。


けれど、グユウと過ごしたあの場所を再び踏むことは、心を揺らすには十分だった。


心を強く保たねばいけない。


子供達のためにも。


シリは無意識に深いため息をついた。


そのとき、扉の向こうから控えめなノック音がした。


「シリ様、よろしいでしょうか」

入ってきたのは乳母ヨシノだった。

表情はいつになく深刻そうだ。


「お入りなさい」

エマが入室を促した。


「申し上げたいことが・・・あります」

その音色に、ただならぬ空気を感じて、シリは顔をあげた。


「どうしたの?」


「ユウ様・・・のことです」

ヨシノは一つ息を整え、うつむいたまま、言葉を続けた。


シリの眼差しがスッと深くなった。


「最近のユウ様は・・・ご機嫌が優れません。

ウイ様とレイ様の前では気丈に振る舞いますが、1人になると

些細なことで苛立ち、声を荒げることが多く・・・」


シリの瞼がわずかに動いた。


「私どもでは・・・どうにも声をかけることが難しくなっておりまして・・・」


「無理もありません」

シリは静かに話した。


「あの子は兄上に可愛がられていました。・・・その兄上があんな亡くなり方をすれば、心は乱れるでしょう」


ヨシノはそっとささやいた。


「・・・ただ、他の侍女達が噂をしています。最近のユウ様は、眼差しも佇まいも、ゼンシ様に似てきたと・・・」

その言葉に部屋の空気が凍った。


ーーわかっていた。


けれど、認めたくなかった。


最近のユウの眼差しを見て、シリは何度も息を呑んだ。


まっすぐに射抜くような瞳。


その光は、確かにあの男と同じだった。


ーーゼンシと。


あの影を、愛娘に見ることの戸惑いと痛み。

胸の奥が静かに揺れる。


無理もない。


ユウの父親はゼンシなのだから。


シリは無言でエマと視線を合わせた。


「ヨシノ、ユウの気持ちが乱れた時は、誰がそばにいるの?」


「・・・シュリだけです。あの子だけが、ユウ様を静められるのです」


「そう」


「私どもは、つい・・・シュリに頼ってしまいます。ユウ様の取り扱いにあの子は慣れておりまして・・・」

言い終えると、ヨシノは深く頭を下げた。


しばらくの沈黙の後に、シリは口を開く。


「この1ヶ月・・・私たちを取り巻く変化は目まぐるしすぎたかもしれません。

大人の私でも受け入れ難いのですから・・・ユウなら尚更のこと」


ヨシノが静かに頷く。


ユウは複雑な年頃だ。


無邪気な子供でもない。


・・・とはいえ、大人かといえばそうでもない。


「・・・きっと、この状況を受け入れようとしているのでしょう。

けれど、私がまた、再び“誰かの妻“になることはーーまだ認められないと思います」

シリの声は静かだか、どこか苦く滲んでいた。


苛立ちはわかる。


それは、押し込められた思いの奔流──この世に翻弄される声なき叫びなのだろう。


他でもない。


自分も・・・


「それでも、私は進まねばなりません」

シリは前を向くように言った。


「ヨシノ、ありがとう。これからしばらく、あの子のそばにいてあげて。

シュリにもよろしく伝えて」


「承知しました」

ヨシノは部屋を去り、再び静寂が戻る。


「シリ様、良いのですか?」

乳母のエマが深刻な顔をしながら話す。


「ユウ様も、シュリも、お年頃です」


ユウは嫁いでもおかしくない年頃だ。


そして、シュリはーーあまりにも忠義深く、優しすぎる。


あの2人は目と目で言葉を交わすことも多い。


言葉を選ばずに言えば――「近すぎる」のだ。


「ユウにはシュリが必要なのよ」

シリが静かに話す。


「はぁ」

エマの返事は納得できない色がこもっていた。


「・・・あの子は兄上に似ている。

だからこそ、シュリのように黙って受け入れてくれる存在がいなければ・・・

きっと、兄上のようになってしまう」


その言葉に、エマがはっと息を呑む。


そうだ。


グユウが、生前危惧していたことはーーこういうことだったかもしれない。


『ユウの生涯が波乱に満ちたものになるかもしれない』


あの子の気質は、私よりも・・・実父に似ている。


ゼンシの強烈すぎる個性と途方もない狂気を

止める人、宥める人は、諭す人は誰もいなかった。


その結果、多くの人を殺め、傷つけ、人生を狂わせた。


「ユウのためにも・・・シュリは必要なのよ」

シリは小さくつぶやいた。





次回ーー

夕闇の庭で寄り添うユウとシュリ。

触れたいのに触れられない想いが、そっと二人のあいだに満ちていく。


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この小説は、こちらの続編です。

兄の命で嫁がされた姫・シリと、無愛想な夫・グユウの政略結婚から始まる切なくも温かな愛の物語です。


▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/

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老人との恋愛


『秘密を抱えた政略結婚 〜三人の娘を守るため、妾のいる25歳年上領主の妻になりました〜』

連載中です!


▼ 続編はこちら:

https://book1.adouzi.eu.org/n0514kj/

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