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義父に妾がいる――母はそれでも嫁ぐと言った

その日の午後、重たく垂れこめた雲が空を覆っていた。


シリは子供たちを部屋に呼び寄せた。

気が重いことほど、先に伝えなければならない。

それが“母”としての務めであり、“姫”としての責任でもある。


「あなた達に話しておかねばならないことがあります」

シリはきりりと表情を引き締めて口を開いた。


子供達は顔を見合わせ、口を閉ざす。


後ろに佇んだシュリは、ユウの背中が緊張しているように見えた。


「ゴロク殿には、すでに数名の妾がいます」

シリがスパッと話した。


シリの口から発せられた言葉は、部屋の空気をぴたりと止めた。


ユウの目は大きく見開き、ウイは思わず口を開くが言葉が出ない。


「母上、どの領主にも妾はいるのですか」

レイはポツリと質問をした。


「そうです。妾は家を支えるために必要な存在です」

シリは淡々と話す。


姫として育った彼女たちは、政略結婚の意味を知っていた。

多くの子をもうけ、領の繁栄に貢献する。

妃の務めとは、そういうものだった。


しかし――


母の相手が老人で、そのうえ妾がいるという現実は、幼い心には重すぎた。


「母上は・・・お辛くないのですか?」

ウイは控えめに質問をする。


「辛くはないけれど、妾達と生活をしたことがないの。上手に付き合わないと・・・ね」

シリは苦笑いをした。


「私は嫌です!妾と共に暮らすなんて!穢らわしい!!」

ユウが感情を露わにする。


「妃とは心を得るものではなく、家を預かる者です。そんな気持ちでいたら、妃は務まりません」

シリはキッパリと話す。


「叔父上の妾は・・・」

ウイが人数を数えようとした。


「20人。子供の数が多いのでミンスタ領は繁栄したわ。妾を持つことで、家は豊かになるのです」

シリが答えた。


「父上には妾はいなかったわ!」

ユウが挑戦的な目でシリを見つめる。


「そうね・・・グユウさんは領主としては・・・珍しいタイプです」

シリの言葉の勢いは途端に弱くなる。


「母上は父上に妾がいたら、どう思いますか?」

ユウの質問は痛いところを突く。


グユウに妾がいたら・・・平常心ではいられないだろう。


シリの顔色はサッと変わった。


「母上は女の子しか産んでいない。父上は妾を持つ必要があるのに持たなかった」

ユウの言葉は的確で、容赦がなかった。


シリは静かに深呼吸をした。

この子は本当に聡い――ゼンシに似ている。


一般的な領主夫婦と両親の姿を比較して、それを口にするなんて。


ウイとレイは考えもしないことだろう。


ここは曖昧な表現ではなく、はっきりと話したほうが良い。


シリは、そう判断した。


「あなたたちの父上は、誠実な人でした。

家臣から妾を勧められても、決して首を縦には振らなかった。

そういう意味では・・・とても特別な人だったの。だから、父上を基準にしてはいけません」



「母上は・・・そんな父上のことを、どう思っていたの?」

レイは真っ直ぐな瞳でシリに質問をした。


「妾を持たないのは・・・領主としては良くないことでしょう」

シリは話した後に、黙り、再び口を開いた。


「けれど、1人の女としては幸せでした」

シリの声は柔らかく、優しい光を帯びていた。


「・・・私も、父上のような人と結婚したい」

ウイが呟く。


その言葉にシリは焦った。


感傷に流されてはいけないのだ。


グユウのような領主は特殊だ。


それを美化してはいけない。


子供達に正しい妃の教育をしなくてはいけない。


「強い領主には妾は必須です。ゴロク殿のような立場であれば妾はいて当然。

母も新しい環境に馴染むように努力をするので、あなた達も姫らしく振る舞ってほしいの」

シリは気を取り直してそう告げた。


そう締めくくると、子供たちは無言で部屋を出ていった。


シリは深々とため息をついた。


「子育てって難しい…」

部屋の片隅にある木像を眺めながら、思わず口に出てしまう。


「まったくです」

エマが苦笑交じりに応えた。


「あと3日でこの城を出ていくなんて信じられないわ」

シリのため息はとまらない。


住み慣れたこの城を出るのは名残惜しい。


「婚礼の儀式をせずに結婚をするなんて・・・」

エマは複雑そうな表情を浮かべた。


シリがワスト領を嫁ぐときは、ゼンシは近隣の領主を招いて、大々的に結婚の儀式を行った。


今回はそういう儀式がない。


ないというより、できないという表現の方が適切だ。


「今のモザ家には儀式をする余裕がないわ・・・。領を立て直すことが優先だわ」

シリは話した。


エマには言えないけれど、

ミンスタ領が急速に統率が失われていることを、シリは感じていた。


ゼンシは、自らの才覚や武力で勢力を築いてきた。


家臣の統率、外交、軍事、全てにおいてゼンシの存在が大きい。


次男であるマサシは頑張っているけれど、力不足は否めない。


没落しつつあるモザ家を建て直すためにも・・・早くゴロクの元に嫁いだ方が良いのだろう。


ゴロクは良い重臣だ。


けれど・・・良い重臣と夫はまるで別物だ。


年齢が離れているゴロクを異性として見たことは一度もない。


そのゴロクと夜を共にする。


考えただけでも憂鬱になる。


そして、妾達との暮らし・・・。


シリは小さなため息をついた。


自分の感情を押し込めて、与えられた責務を行わなければいけない。


「やるしかないわ」

鏡に映る自分の顔を見てつぶやいた。


次回ーー


雨上がりの庭で、ユウはシュリに肩を預けた。

「・・・あなたの前では、少しだけ弱くなってもいい?」

涙を隠した姉の願いに、シュリは静かに答える。

「そのために、私はここにいます」


誰にも知られぬひととき――。

その温もりは、嵐を前にした最後の安らぎだった。


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前作のご案内


この物語は、完結済『秘密を抱えた政略結婚』の続編です。

兄の命で嫁がされた姫・シリと、無愛想な夫・グユウの政略結婚から始まる切なくも温かな愛の物語です。


▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/

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