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妾12人の報告

「本日は、我が主・ゴロク様の命により、シリ様にお伝えしたいことがございます」


そう切り出したマナトの声音には、どこか躊躇がにじんでいた。


「なにかしら?」


シリが穏やかに促すと、マナトは額に汗を浮かべ、視線を定められない様子で言葉を続けた。


「ご婚儀の前に、どうしてもお話ししておくべきことだと・・・」


「構わないわ。話して」


マナトは小さく咳払いをして、やや声を落とした。


「ゴロク様は、二十五年前にご夫人を亡くされて以来、独身を貫いておられました」


「それは・・・知っています」


シリの声には、敬意とわずかな哀しみがにじんでいた。


「ええ・・・」

マナトは視線を合わせることなく、手元を見つめていた。


「マナト、あなたの祖父 ジムもそうでした」

シリの瞳は潤む。


「ええ・・・はい」


「ジムも、同じように妻を失ってから再婚せず、生涯を捧げたと聞いています」


『彼女が私の心を連れて逝ったのです』――ジムのその言葉は、今も鮮明に胸に残っている。


きっと・・・ゴロクもそうだったのだろう。


シリの中で、ゴロクの評価が上がってきた。


あの無精髭の奥には、亡くなった妻への想いを抱えながら過ごしているのだろう。


大事な人を忘れられないのは自分も同じ。


ゴロクに対して、恋愛感情を抱けないけれど、

深い傷を背負ったもの同士、良い人間関係を得られると確信した。


けれど、マナトはなかなか本題に入らない。


「・・・マナト?」


「はい・・・申し上げます」


ようやく顔を上げた彼の口から、重たい言葉が落ちた。


「ゴロク様は再婚をしていません。けれど、十日前まで妾が十二人おりました」

マナトは、ひと息に言い終えて、ひたすら平伏した。


「は?」

シリとエマは同時に声を上げた。


「じゅ・・・十二人?十二人も妾がいたの?」

シリもエマも、思わず声を上げた。


「はい」


「しかも・・・最近まで・・・」

エマは呆然とした。


「動揺するのも当然かと・・・」

マナトは頭を下げ続ける。


確かに動揺した。


ーーゴロクに妾がたくさんいる・・・考えたこともなかった。


あの無骨な見た目で、毎晩妾を侍らせいたなんて・・・想像もできない。


妾に対する嫉妬や独占欲などは微塵もない。


それよりも、


高齢のゴロクが、女性と夜の営みができる事に動揺が止まらない。


妾がいるくらいなら・・・自分のことも抱けるだろう。


シリは真っ暗な気持ちになった。


「・・・想像してなかったわ」


かすれた声で、シリは正直な感想を漏らした。


「この結婚は、“白い結婚”だと思っていたから」


エマが隣で息を呑んだのが分かる。


マナトは深く頭を垂れ、さらに話を続けた。


「シリ様との結婚が決まった後、ゴロク様は妾に暇を出しました」


「なぜ?」

シリは顔を上げた。


「グユウ様が妾を持たなかったことをご存知で、それに配慮されたのです」


シリの胸の奥がじくりと痛んだ。


グユウの言葉がよみがえる。


『妾は取らない。シリだけでいい』


たった一人を選び抜いたあの言葉を思い出すと、胸の奥に懐かしさと寂しさが同時に広がった。


「それで・・・今は、妾はいないの?」


シリの問いに、マナトは答えをためらった。


「三人だけ・・・残っております」


「三人」


「深く慕ってくださる方々で、どうしても暇を受け入れず、屋敷に残ることを望まれました」


シリは目を閉じた。


嫉妬ではない。では、何なのか。どこからか、正体のわからない疲労が心に染みてくる。


「そう・・・理解しました」


「お気持ちは・・・大丈夫でしょうか?」


マナトの問いかけに、シリはかすかに頷いた。


「ええ。妾の存在は、この時代の常です。子ができぬと家が絶える。妾を得るのも、家を守るための選択でしょう」


「・・・ありがとうございます」


マナトが深く頭を下げる。


けれど、シリの内側には、得体の知れないざわめきがまだ残っていた。


自室に戻ったシリは、ぐったりとした様子で椅子に座った。


「ゴロクは・・・元気なのね」

ズキズキするこめかみを抑える。


「・・・そのようですね」

エマは言いにくそうに話す。


シリはため息をついた。



「エマ・・・私は妾と暮らした経験がないわ。どの様に振る舞えば良いの?」

シリはすがるように質問をした。


「妾に対して嫉妬心を持つことは恥ずかしいことです」

エマはテキパキと話す。


「それは大丈夫」

シリはあっという間に返事をした。


「お立場はシリ様の方が上なので・・・大丈夫でしょう」

エマが話す。


「シズル領を良くするために手を取り合い、妾と上手に付き合うのが理想です」


「上手に付き合う・・・」

シリは虚な目で宙を見る。


ーー嫁ぐ相手は老人なのに元気。


妾三人と上手に付き合う。


その2点だけでも憂鬱だ。


シリにとって不安要素がもう一つ。


「妾の件を子供達に話しましょう。知ってから引っ越した方が良いわ」

シリはつぶやいた。


子供達は、シリ同様、妾がいない生活は知らない。


得に気位が高く聡いユウに説明することは気が重い。


シリはため息をついた。


「前途多難だわ」


そうつぶやいて、シリは小さくため息をついた。


たとえ心の準備が整わずとも、現実は待ってくれない。


妾と暮らす未来も、子どもたちを守る未来も、そのすべてが、いまこの瞬間から始まるのだ。


シリはそっと目を閉じた。


――受け入れよう。新しい人生を。


向き合うしかない。


それが、母として、そして“領主の妻”としての自分に課された、新しい務めなのだと、覚悟を決めて。



次回ーー


「あなたたちに話しておかねばならないことがあります」


シリは子供たちを呼び寄せ、妾の存在を正面から告げた。

ユウは怒り、ウイは戸惑い、レイは静かに問いかける。


――誠実に妾を持たなかった父と、妾を抱えた新しい夫。

その違いをどう伝えるか、母として、妃としての務めがシリにのしかかる。


あと三日で城を発つ。

胸に残るのは、名残惜しさと、重くのしかかる未来への覚悟だった。


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前作のご案内


この物語は、完結済『秘密を抱えた政略結婚』の続編です。

兄の命で嫁がされた姫・シリと、無愛想な夫・グユウの政略結婚から始まる切なくも温かな愛の物語です。


▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/

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