触れられたくない肌
ミンスタ領 シュドリー城。
シリがゴロクの元に嫁ぐ日まで三日と迫った。
シュドリー城は婚礼の準備で慌ただしく、あちこちで使用人たちの足音や荷の運び出しが続いている。
だが、シリの部屋だけは、取り残されたように静かだった。
「シリ様、木像を梱包するのは・・・いつ頃になさいますか?」
エマは言葉を選びながら話す。
「ギリギリまで・・・ここに置いておきたいの」
シリが縋り付くような目で木像を眺める。
グユウから渡された木像、これを部屋に置いてあるだけで、グユウがそばにいるような気がする。
「承知しました」
エマは言葉少なく返事をした。
視線が、自然とシリの左手薬指へと移る。
そこには今もなお、グユウの結婚指輪が光っていた。
ーーもう、外されても。
そう思ってはいたが、エマは口にはしなかった。
何度かシリが、指輪を外そうとしては手を止める場面を目撃している。
きっと本人が一番わかっている。
そんなことは、言われずとも。
シリは周辺を見渡した。
部屋にはエマ以外の人がいない。
不安な胸のうちをエマに打ち明ける絶好のチャンスだ。
「エマ・・・。ゴロクは五十九歳よね」
「はい。そう聞いております」
「その年齢の男の人って・・・その、夜のこと・・・できるの?」
囁くような声に、エマも声を潜めた。
「・・・平均寿命が五十歳のこの時代にしては、高齢です。
戦では健脚でも・・・夜のほうは、さすがに無理があるかと」
「よかった・・・」
シリの肩が、わずかに力を抜く。
ーーこの再婚は、政のためのもの。
愛でも、情でもない。
せめて身体だけは、誰にも触れさせずに済むのなら。
その時、部屋の扉がノックされた。
二人は飛び上がるほど驚いた。
シリに来客の知らせがあったのだ。
客間に行くとーー
「マナト!!」
シリは嬉しそうに声を弾ませた。
「シリ様、お久しぶりでございます」
マナトが頭を下げた。
マナト・ボイル。
ゴロクの重臣であり、27歳の青年だった。
マナトの祖父は、グユウの忠実な重臣ジムだった。
ワスト領の妃だった当時、重臣のジムはシリを助け、支えてくれた。
グユウと共に死んでしまったジムの事は、忘れられない。
マナトの灰色の瞳は、ジムの面影がある。
シリの心は懐かしさで緩む。
「ゴロク様に命じられました。シリ様のお迎えの付き添いは私が行います」
マナトは頭を下げる。
「そうなのね・・・あなたがいて心強いわ」
シリの声は少しだけ弾んだ。
顔馴染みのマナトを付き添い人にしたのは、ゴロクなりの配慮だろう。
その気持ちが嬉しかった。
「今日は我が主 ゴロクの命でシリ様に報告があります」
マナトは頭を下げる。
報告?
シリは首を傾げる。
「はい。挙式前にお知らせをしたく伺いました」
マナトの灰色の瞳は、不安で揺れているように見える。
一体、何の話だろう。
「話して」
シリの声は、わずかに震えていた。
彼女の中に芽生えた一抹の不安は、
やがて、大きな運命の波となって押し寄せることになる。
次回ーー
「ご婚儀の前に、お伝えせねばならぬことがございます」
重臣ジムの孫・マナトの言葉に、シリは耳を澄ませた。
衝撃的な事実を知る。
嫉妬ではない。ただ、押し寄せるのは得体の知れぬ疲労と、憂鬱な未来の影。
シリは小さく目を閉じた。
――それでも母として、妃として、歩むしかないのだ。




