再婚の誓いと、残された指輪
客間にむかったシリを待っていたのはゴロクだった。
「シリ様・・・」
シリの顔を見て、顔を赤らめた後に頭を下げる。
少し白髪のまじった髭が生やし、筋肉隆々の身体をしている。
怖そうな見た目とは裏腹に面倒見がよく、ミンスタ領の兵から『親父殿』と呼ばれ尊敬を集めている。
物心ついた時から、目が合うたびにゴロクはいつでも顔を赤らめていた。
昔はただの照れ屋かと思っていたが、今は・・・そのまなざしに違う意味を感じてしまう。
目を逸らしたシリの前に、ゴロクは一歩進み出る。
「少しだけ・・・お話をさせていただきたくて」
「・・・どうぞ」
覚悟を決めて顔を上げると、ゴロクの眼差しは真剣だった。
「マサシ様からも伺ったと想いますが・・・シリ様に再婚を申し入れます」
ゴロクは真摯な表情でシリを見つめた。
ここで・・・
『こちらこそ、よろしくお願いします』
そう言わなければいけなかった。
シリは口を開いた。
でも、言葉が一言も出なかった。
後ろにいるエマが気を揉んだようにエプロンを握りしめている。
言わなくては・・・
マサシにも話したではないか。
「再婚をする」と。
でも、実際にゴロクを目の前にすると言葉が出ない。
グユウの面影が、瞼の裏に浮かぶ。
黒髪が風に揺れ、シリを見つめていたときの柔らかな瞳。
『どうした』
そう優しく囁いた声が、心に蘇る。
ーー言えない。
言いたくない。
グユウさん以外の人の元に・・・嫁ぐなんて。
涙が溢れそうになる。
手が勝手に胸元へと伸び、水色の小袋を握りしめる。左手の薬指には、まだ結婚指輪が光っていた。
ゴロクはその姿を見て、苦しげに眉を寄せた。
服装のことはわからないけれど、
シリはグユウを失ってから、黒いドレスばかりを着ている。
今日も黒いドレスだった。
「・・・グユウ殿のことは、私も心から尊敬しておりました。
しかし、ゼンシ様が亡くなられた今、モザ家を支える柱が必要です。どうか・・・」
「・・・そうですね」
シリは震える声で返事をした。
ーーしっかりしなくてはいけない。
モザ家のためにも・・・ゴロクと協力しなければいけないのだ。
シリは目を閉じた。
覚悟を決めなくてはいけない。
再び目を開けたシリの瞳は、強さが少しだけ甦った。
「ゴロク、わかりました。モザ家のためにも・・・あなたに嫁ぎます」
そう告げる声は、かすかに震えていた。
その後、部屋に戻ったシリは木像の前に座り、亡き夫へ語りかけた。
ーーグユウさん、もしあなたが生きていたなら・・・。
私はどんなことがあっても乗り越えていけたのに。
ワスト領での日々が、走馬灯のように蘇る。
畑を耕し、軟膏を調合し、布を織る。
貧しくても、苦しくなかった。
毎晩、グユウがシリの手に優しくハンドクリームを塗ってくれた。
シリを見つめるグユウの瞳は、夜の闇のように深い黒色、他の人には決して見せない慈しみの色を浮かべていた。
・・・幸せだった。
どうして・・・?
答えのない問いかけを木像にしてしまう。
それでも、モザ家を守らねばならない。
娘たちに縁談を巡らせるには、自身が領主の妻であることが必要だった。
この身を役目として差し出す。
それが、遺された者としての使命。
グユウと約束をしたのだ。
セン家の血を絶やさないためにも・・・子供達の未来のためにも。
開け放った窓からは心地よい風が流れ、あたりは静寂に包まれている。
「エマ・・・」
不安そうな表情をしているエマにシリはそっと声をかけた。
「明日には・・・子供たちに再婚の知らせをしないとね」
そっと顔を向けると、エマが潤んだ瞳でシリを見つめていた。
◇
中庭では、ゴロクが沈んだ面持ちで佇んでいた。
咲き乱れるバラの香りに包まれながら、彼は静かに思い出していた。
ワスト領で見た、シリとグユウの愛情深い日々を。
ゼンシが、グユウに一晩の女として侍女を差し出した時に、『シリを悲しませなくない』と侍女に手をつけずに返した事もあった。
一方、シリも、ミンスタ領と争いが始まった時に、
『グユウのそばにいる』とナイフを首に当てたことがあった。
2人が別れるときは、抱き合って口づけをしていた姿は記憶に新しい。
こんなに老いぼれた自分が、シリの再婚相手になるのだ。
モザ家のためとはいえ・・・、
ゴロクは居た堪れなくなり、小さなため息をついた。
そこへキヨが現れ、ふたりは無言のまましばし対峙する。
「・・・キヨ、まだいたのか」
ゴロクは静かに話す。
「ゴロクも・・・どうした」
2人の間に、少しの沈黙が流れる。
「シリ様のことを考えていた」
ゴロクは正直に話す。
キヨはしばらく黙った後に目を伏せてポツリと話す。
「シリ様は・・・私にとって素晴らしいお方だ」
キヨは悔しそうにゴロクを見つめた。
「ゴロク、シリ様の過去を引き受ける覚悟があるのか?」
少し挑戦的な言い方でキヨが話す。
「ある。グユウ殿を想い続けるシリ様の心ごと受け止める」
迷うことなく、ゴロクは話した。
「それならば・・・良い」
キヨはゴロクに、ゆっくりと背をむけた。
「キヨ・・・。シリ様のことを…」
ゴロクは思わず口にした。
「わしは諦めないぞ。シリ様を泣かせたら承知しない」
揶揄ように話した後、キヨは庭から出た。
ゼンシが死んだことで、多くの人々の人生が変わった。
シリはもちろん、ゴロクとキヨも。
心の奥底に誰にも言えぬ気持ちを秘めたまま、己の役目を選んだ。
明日には、シリが子どもたちに再婚を告げる朝が来る。
そしてその日は――誰かにとっての、終わりの日になるのかもしれなかった。
次回ーー
「私は――ゴロク殿に嫁ぎます」
母の言葉に、三姉妹の胸はざわめいた。
父を忘れたのかと問うレイの瞳は、グユウにそっくりだった。
「忘れないまま、生きていかねばならないのです」
毅然と告げる母の姿に、ユウもウイも言葉を失う。
一ヶ月後の婚礼。
その知らせは、少女たちにとって大人への扉を叩く合図だった。
明日の20時20分 母の婚礼
◇登場人物
シリ 亡き夫を想いながらも、家を守るため再婚を決意した賢妃。
ゴロク シズル領領主。誠実で人望厚い老将。長年シリを想い続けている。
キヨ ワスト領領主。シリへの敬愛と執着を胸に秘める。
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