戦略という名の契り
シュドリー城 重臣会議。
雨はまだ降り続いていた。
堂内には、甲冑の軋む音ひとつすら聞こえぬ、重い沈黙が支配していた。
この日、モザ家の未来と――ある一人の女の人生が、静かに定められようとしていた。
口火を切ったのはキヨだった。
「まずは・・・モザ家の家督を定めるべきかと。
ゼンシ様があのような形で倒れ、我々重臣達が争うのは本末転倒」
「キヨ、ビルを倒したのは良いが、それはモザ家のためか?それとも自分の野心のためか?」
ゴロクが皆が思っている事を口にした。
会議の空気が一気に緊迫した。
「当然、モザ家のためです」
その雰囲気を崩すようにキヨが無邪気に話す。
「後継ならば・・・次男のマサシ様の他にいないでしょう。
モザ家の血を継ぐ者として他にはいないでしょう」
ゴロクが話す。
隣に座っていたマサシは黙ってうなづく。
「わしは、ゼンシ様のお孫 サトシ様こそが後継に相応しいと思う」
キヨは朗々と話す。
「サトシ様はまだ2歳!!幼すぎる!モザ家の跡を継ぐような年頃ではない!!」
ゴロクの声は苛立ちと驚きが含んでいた。
「ゼンシ様の跡取りは長男のタダシ様。そのお子、サトシ様がなるのは当然かと。
直系こそが相応しい。そのお考えは、ユナ様もご賛同くださっています」
キヨは昨日ユナを訪ね、すでに根回しを済ませていた。
マサシは思わず顔をしかめた。
自分にミンスタ領を任されるのは重荷だと思っていた。
けれど、キヨの思惑通りに進むのは――許せなかった。
「サトシ様を支える者がいればよいのです。血こそが最も大事」
キヨの発言に、他の重臣達はうなづいた。
「キヨ・・・狙いは、それか。サトシ様を前に立て、自らが権力を握る気だな」
ゴロクの声は怒りに満ちていた。
「違います。皆で支え合っていくべきです」
キヨは飄々と答えた。
「互いに争っても仕方があるまい。我ら重臣の意見で決めましょう」
古老のトムが静かに言った。
「・・・票を取りましょう。サトシ様に家督を譲り、その後見をキヨとする案に賛成か?」
ゴロクとマサシ以外の重臣達が一斉に手を上げた。
マサシは、唇を噛み締めて目をそらす。
「多数決で決まりました」
キヨはニコニコと微笑む。
こうして、モザ家の跡取りはサトシへと決まった。
モザ家の実権は、すでにキヨの手の中にあった。
「続いては・・・ゼンシ様の妹 シリ様と姫様の今後について決めたいと思います」
キヨは咳払いを一つして、言葉を継いだ。
その瞳には、抑えきれぬ興奮の色が浮かんでいた。
長年憧れた女を――ついに、自分の手中に収める時が来たのだ。
「続いては・・・ゼンシ様の妹 シリ様と姫様の今後について決めたいと思います」
キヨの声は緊張で上ずる。
「シリ様は、これまで9年間ゼンシ様の庇護のもとにおられました。
モザ家の“顔”であり、今後も我が家の象徴として・・・ふさわしい重臣に嫁がせるべきです」
どこか陶酔したような声だった。
そして、彼はおもむろに後ろを振り返り、弟のエルに目配せをした。
エルは一瞬怯んだ。
だがもう引き返せない。
「兄・キヨは・・・すでにシリ様をお迎えする準備を整えております」
言い終えると、額には汗が滲んでいた。
自分の意に反した言葉を口にするのは、これほど苦しいものか。
「キヨには第一夫人がいるではないか」
すかさずゴロクが問い詰める。
「そ・・・そうですね」
エルの語尾は弱くなる。
「ゼンシ様の妹を妾にするのか!!」
ゴロクの怒りは止まらない。
「い、いえ・・・その・・・第一夫人を妾に降格して、シリ様を正式に・・・」
エルの声は弱々しかった。
「何を馬鹿なこと!」
ゴロクが机を叩いた。
「・・・ですよね」
小声でエルはつぶやく。
「それならば、シリ姉はゴロクに嫁がせるべきだ」
不意にマサシが声を上げた。
「ご・・・!ゴロクに!!」
キヨは驚きで眉を跳ね上げる。
しかし、他の重臣たちは静かにうなずいた。
「ゴロクは昔からモザ家に仕えている重臣だ。
シリ姉を力のある重臣に嫁がせることで、モザ家の結束は強くなる」
マサシが説明する。
その提案に、ゴロクは思わず顔を赤らめた。
「私は・・・不満はございません」
満更でもない表情だ。
「ゴロクに妻はいない。独り身だ」
「そうだな。ゴロクが相応しい」
「良い話だな」
口々に重臣達は話す。
「それでは・・・票を取ろう。シリ様の嫁ぎ先はゴロクとする案。賛成か?」
古老の重臣 トムが意見をまとめた。
キヨを除く全員が手を挙げた。
こうして、重臣たちの手によって、シリの未来が決められた。
本人の知らぬところで――静かに、だが確実に。
次回ーー
モザ家の未来を守るため――シリに突きつけられたのは、ゴロクとの再婚だった。
「承知しました」そう告げながらも、胸の奥では拒絶の声が渦巻いていた。
グユウ以外の男に抱かれるなど、想像すらしたくない。
それでも子らと家を守るため、受け入れねばならないのか。
木像に祈るように触れるシリのもとへ届いた報せ。
「ゴロク様が面会を希望しています」
――覚悟を決める時が、迫っていた。
◇登場人物◇
キヨ
ワスト領の領主。ゼンシの仇ビルを討ち、名声を得たことで発言権を強める。
会議を巧みに操り、モザ家の後継とシリの運命までも支配しようとする。
ゴロク
モザ家の重臣。誠実で古参の忠臣。
キヨの策略を見抜き反発するが、流れに抗う力は限られている。
重臣たちの決議により、シリの婚約者に推される。
マサシ
ゼンシの次男。父亡き後、理想と現実の狭間で苦悩する。
キヨの野心を封じるため、咄嗟に“シリをゴロクに嫁がせる”案を出す。
エル
キヨの弟。兄の指示で不本意ながら発言を代弁する。
忠誠と良心の間で揺れ続ける、哀れな駒。
トム
古参の重臣。会議を取りまとめ、最終的な決を取る役割を担う。
冷静で現実的だが、時に情に流される一面もある。
ユナ
タダシの未亡人。キヨの事前の根回しにより、サトシの後継案に賛同してしまう。
悲しみの中で判断を誤らされた被害者。
サトシ
ゼンシの孫。まだ二歳ながら、形式上モザ家の後継に指名される。
“血統”という名のもとに利用される存在。
シリ
ゼンシの妹。本人不在のまま、重臣会議で“嫁ぎ先”を決められる。
その名と血筋が、再び権力の駆け引きに巻き込まれていく。




