雨の子供部屋、揺れる心
雨が降り続いていた。
6月とは思えぬほど冷たい雨だった。
ゼンシの死から、20日。
それは、悲しみに沈むにはあまりにも短く、
現実を受け止めるには、あまりにも長い時間だった。
シュドリー城には、戦の爪痕を抱えた兵たちが戻ってきていた。
「マサシ!!」
城内で甥の姿を見つけたシリは、思わず駆け寄った。
「シリ姉・・・」
マサシはその顔を見るなり、涙をこらえるように唇をかんだ。
「大変だったわね」
シリは、そっと隣に静かに腰を下ろす。
「・・・疲れたでしょ」
ちらりと見上げたマサシの顔には、戦の疲労と喪失の影が濃く滲んでいた。
「まだ・・・現実とは思えない。父上だけではなく・・・タダシもだなんて」
「私もよ・・・。今だに信じられないわ」
あの強く、恐ろしいほどの威を放っていたゼンシが死んだなど、未だ実感が湧かない。
けれど、時の流れは容赦なく、進んでいく。
マサシはホールで負傷兵の手当をしている侍女たちをぼんやりと眺めていた。
「シリ姉・・・留守の間に城を守っていたのだね。ありがとう」
マサシは感謝を口にした。
「マサシ・・・頑張って。これからは・・・次男のあなたがモザ家を担うはずよ」
シリは静かに告げた。
ゼンシという絶対的存在がいなくなった今、各地でくすぶっていた野心が牙を剥き始めていた。
子供達と穏やかな暮らしをしたい。
それだけが望みだった。
けれど――
その夢は、ガラスの器だったのかもしれない。
手のひらの中で温めていたつもりが、
気づけば、指先からひびが走り、音もなく――静かに、砕けていた。
その頃、子供部屋では――
「今日は重臣会議だわ・・・」
ユウが落ち着かない様子で子供部屋をうろつく。
雨が降っていた。
それも、6月にしては珍しく冷たい雨だった。
ゼンシが亡くなって初めての重臣会議。
その場で「後継」が決められる。
噂は、子供たちの耳にも届いている。
「私たちの行く末も、今日決まってしまうの?」
ウイが不安げにユウを見上げる。
「・・・ここを離れたくないわ」
レイはポツリと話す。
「自分達の知らないところで自分の運命が決まる。あぁ!女に産まれるって損だわ!!」
ユウは悔しげに言葉を吐き出す。
「姉上・・・」
ウイが困ったように、ユウの顔を見つめる。
怒っても仕方がないことだとわかっていながら、ユウの心の苛立ちは止まらない。
「あの廊下であったキヨという男も重臣会議に出るのでしょ」
レイは淡々と質問をした。
「そうよ。叔父上の仇を取ったから、発言権を得たようよ」
ユウは悔しげに話す。
「もしかすると・・・私たちはキヨのもとに引き取られるの?」
ウイは群青色の瞳を揺らした。
「私は、あのような男の庇護は受けたくない!!」
ユウは言いながら自分で自分の腕を抱きしめた。
ユウの気性は激しかった。
その気性の激しさは、シリ、ゼンシーー二人の血を色濃く受け継いでいた。
「ユウ様、どうかお静まりください。まだ決まったことではないのですよ・・・」
侍女のヨシノが宥める。
「冷静に?あの男がシンを殺したのよ!!」
ユウは振り返り、顔を紅潮させながら叫んだ。
ユウの頬は、怒りと悔しさで紅潮していた。
ウイは不安げに、そっとシュリの方を見つめた。
その時――
シュリが静かに立ち上がり、ユウのそばへ歩み寄った。
冷たい雨の音が、遠くから微かに響いていた。
彼女を鎮められるのは、シュリだけだった。
けれどシュリ自身もまだ、知らなかった。
この日の重臣会議で、すべてが変わるということを。
明日の20時20分
次回ーー
雨音が響くシュドリー城で、重臣たちの会議が開かれた。
ゼンシ亡き後の家督は幼子サトシに託され、実権はキヨの手へ。
そして次に語られたのは――
ゼンシの妹シリの行く末だった。
「シリ様はあの者に嫁ぐべきだ」
その一言で、彼女の未来は静かに決められていく。
本人の知らぬところで、抗えぬ運命の歯車が動き出していた。
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◇登場人物◇
シリ
ミンスタ領の元妃。兄ゼンシを失い、悲嘆の中で家臣をまとめる。
母として、そして一族の柱として、静かに覚悟を固めつつある。
マサシ
ゼンシの次男。父と兄を同時に失い、心身ともに疲弊している。
しかし周囲からは、モザ家の次代を担う存在として期待されている。
ユウ
シリの長女。激しい気性と強い意志を持つ少女。
叔父ゼンシの死、そしてキヨの台頭に激しく反発する。
母の血を最も色濃く受け継ぐ存在。
ウイ
シリの次女。思いやり深く、姉の激情を案じる。
家族の絆を支える“調和の象徴”のような少女。
レイ
三女。無口で観察眼に優れ、時折鋭い一言を放つ。
幼いながらも冷静に情勢を見つめている。
キヨ
ワスト領の領主。ゼンシの仇・ビルを討ち、
その功により重臣会議で発言力を得る。
かつての“敵”が、今や権力の座へと近づいていた。
シュリ
ユウの乳母子。常に彼女のそばに寄り添い、
その激しさを静める唯一の存在。
この日の決議が、彼の運命も変えていく。
ヨシノ
ユウの乳母であり、シュリの母。
母シリを陰から支えながら、姫たちの成長を見守る。




