政略の犠牲にされた母と娘たちが、崩れゆく城で抗う
「ここで裁縫をするのですよ。会議中は静かにしてください」
エマは声をひそめて話す。
ユウ、ウイ、レイは、シリの部屋の片隅で
包帯作りの作業に取り組んでいた。
その隣には剣を携えたシュリが佇んでいる。
シリの部屋に、城に残っている重臣達が続々と集まってきた。
主不在の間は、シリがシュドリー城を指揮することになったからだ。
どの重臣達も、部屋の片隅にいるユウ達の姿を見ると、
戸惑い、そして困惑、または憤りの目でシリを見つめる。
『子供、それも女が大事な会議の場にいるなんて』
そう言わんばかりの目だった。
「子供達は、いずれ妃になります。
今後の勉強になるために部屋に滞在することを私が認めました」
凛としたシリの声が部屋に響く。
「何か、不満がある者はいますか?」
シリは一人一人の顔を真っ直ぐに見つめる。
シリの眼差しは独特のものだった。
その瞳で見つめられると、思わず頭を下げそうになる。
「問題ありません」
重臣のトムが皆の意見を代弁した。
「それなら始めましょう」
シリは机の上に地図を広げた。
シリがその場にいるだけで独特のオーラを放った。
部屋にいた重臣達は、すでにそのシリの空気に圧倒されていた。
その姿は、亡くなった領主 ゼンシと似ていた。
「状況を整理しましょう」
シリは地図を見ながら話す。
ミンスタ領の重臣達は争いで国内に散らばった。
「北側にゴロクの兵、東にもう1人の重臣・・・、マサシはミヤビから近い場所で争っているのね。
キヨは・・・一番遠い南の領を攻めているわ」
形の良い顎を触りながら、シリが話す。
ゼンシは重臣達を各方面の司令官として、派遣する戦法に変えたことが
ここで裏目に出たのだ。
「力がある重臣達が地方に散らばった。
ビルは、その隙をついて兄上を倒したのね。・・・上手いわ」
シリは頭をふる。
「はい。それも明るい時間に大軍が一団となってミヤビの街を進軍すれば目立ちます」
トムが口を添える。
「だから・・・夜に謀反を仕掛けたのね。ビルは用意周到だわ」
シリは小さなため息をつく。
「ゼンシ様が討たれたと聞けば・・・皆がビルを攻撃するはずです」
重臣の1人が希望を込めて話す。
「ミヤビに近い位置にいるのはマサシね」
マサシはゼンシの次男だ。
可愛い甥っ子ではあるけれど、領主としての器ではない。
そのマサシが、ビルを倒すことができるだろうか・・・。
シリは唇を歪ませ、首を傾げた。
「ビルを倒せる力がある重臣はゴロクとキヨだわ。
この距離では、キヨは間に合わない。
ゴロクの頑張りに賭けるしかないわ」
シリは目を閉じた。
「トム、武器庫に弾丸はどのくらいあるの?」
シリは重臣の顔を見つめた。
「豊富にあります」
「さすがミンスタ領ね・・・。それでは、いつでも銃を使えるように
城のあちこちに配置しましょうか」
シリが指示をする。
「調べたら食糧庫の小麦粉と塩が少ないわ。至急に小麦粉と塩を備蓄しましょう。
今からでも遅くはないので、食料確保を最優先にしましょう。
食料の買い付けを皆にお願いしたいわ」
シリの説明に重臣達は戸惑う。
「食料の買い付けですか?」
重臣が意見を述べた。
それよりも争いの準備をした方が良いような気がする。
「この城は籠城に備えていません。ビルなら、そのことも把握しているはず。
武器類が充実していても食料がなければ城の者は飢え死にをします。
小麦粉と水と塩の確保をしないといけません」
シリは淡々と説明した。
「・・・シリ様は、レーク城でそのような準備をされていたのですね」
一番年長の重臣が面白そうに口を開いた。
シリが顔を上げると、その重臣は軽く会釈をした。
「私はその当時、レーク城の争いに参加していました。
小領なのに崩せない城で苦戦しました。
ゼンシ様は『シリめ!!』と怒っていたものです」
懐かしそうに当時のことを口にする。
「その経験が、今ここで生きているわ」
シリは薄く微笑んだ。
その背後には木像が置かれている。
「重臣達がビルを打つことを期待しつつ、我々は城を守るために備えましょう!!」
負けず、曲げず、諦めない瞳でシリが語ると誰もがうなづいてしまう。
奇抜なアイデアと強い闘争意欲、
有無を言わせず家臣を従わせる瞳と言葉。
家臣を従わせるカリスマ性を持つシリ。
ゼンシ様に似ている。
こんな状況なのに、トムは思わず微笑んでしまった。
「エマ・・・妃は母上のように家臣達の指揮を取らなくていけないの?」
ウイの瞳は不安で揺れている。
重臣会議に参加して、自分の意見を述べ、男の家臣を動かすなんて・・・
自分には絶対にできない。
「それは・・・シリ様だけです」
エマにしては珍しく歯切れが悪い表現をした。
妃の仕事は、重臣会議に参加したり、戦況について口を出すものではなかった。
妾や子供の世話、侍女や城兵達の采配など人事の管理が多い。
エマの発言にウイは、少しだけ安堵をした顔をした。
「そもそも・・・なぜ、母上がこの城の指揮をとるの?叔父上の妻は・・・」
ユウが鋭く質問をした。
「ゼンシ様の奥方様は・・・心労のため寝込んでいます」
エマは簡潔に説明をした。
だから、シリが表に出ているのか・・・とユウは納得した。
「母上のあのような姿・・・久しぶりに見たわ」
ウイがつぶやき、ユウはうなづいた。
シリは重臣に囲まれながら、意見を述べ、的確に指示を出していた。
最初、反発をしていた重臣達も、知らず知らずのうちに従ってしまう。
遠目から見ても、シリの惹きつける力は強いことがわかる。
「そうですね。シリ様は・・・男だったら立派な領主になっていたと思います」
エマは何百回も思っていた事を口に出してしまった。
ユウは黙ったまま裁縫を続けた。
ゼンシはユウに優しかった。
そのゼンシが死んだ。
こんな状況では悲しみよりも、自分たちの足元が崩れていく不安の方が大きい。
けれど、心の中で、いつかこんな日が来るような気がしていた。
ユウとシュリは、隠し小部屋の中で、ゼンシが何度もビルを折檻していた姿を見たことがある。
多くの家臣の前で叱られ、髪を掴んで引き倒し、殴られている姿を度々見た。
ビルが謀反を起こしても・・・何も不思議ではない。
叔父・・・自分にとって本当の父親であるゼンシは、人格者ではなかった。
そのゼンシが死んだ今、母も自分も、そして妹達は今度はどこで生かされるのか。
女・・・それも少女の自分には何もできない。
傍にいる妹2人に、そんな話をしてもわかってもらえないだろう。
ユウはため息をついた時に、シュリと目があった。
シュリは、様々な想いを瞳に込めてユウを見つめた。
ユウは、その瞳に応えるようにそっとうなづいた。
私たちは、これからどうなっていくのだろう・・・。
次回ーー
「私は嫌! 自分の運命を他人に決めさせたくない!」
少女の叫びに、母は静かにうなずく。
謀反、死、そして英雄。
女たちは、ただ翻弄されるだけでは終わらない。




