この城に敵がむかってくる
「これから、ビルがこの城に攻めてくる可能性があります」
シリの説明に3人はパニックになった。
「そんな!」
「この城は大丈夫よ!!」
「どうしたらいいの?」
悲痛な声が上がる。
「争いにむけて備えましょう」
シリは静かに話す。
「何をするの?女の身では何もできない・・・」
シリの母が声を上げた。
「備えって・・・」
ゼンシの妻が虚な目でシリを見る。
「シリ様は・・・できるの?」
ユナが泣きながら質問をした。
「できます。落城はこれが初めてではありません」
シリは静かに話す。
9年前に経験をした。
「マサシが戻るまで、私がこの城の指揮を取ります。よろしいでしょうか」
3人がうなづくのを見てから、シリは指示を出した。
「トム、私の部屋に地図を持ってきて。そして、城に残っている重臣を集めて」
トムは頷いて部屋を出た。
「エマ、ワスト領にいた侍女たちを子供部屋に集めて。乳母も呼んで」
エマは黙って部屋から飛び出した。
「私たちは・・・」
タダシの妻、ユナの瞳は、悲しみで揺れている。
シリは切なげに目を細めた。
争いが迫れば、悲しみに浸る時間はない。
死者を弔っている時間もない。
泣いている暇はなくなるのだ。
それは・・・平和な時にできる事だった。
「・・・今日だけは静かな時間を過ごしてください」
シリは静かにドアを閉めた。
◇◇
城に戻ったユウとシュリに、乳母のヨシノが駆け寄る。
「ユウ様!!子供部屋に戻ってください!」
「ヨシノ、どうしたの?」
ユウは、素早く周囲を見渡す。
城内は家臣や女中が忙しそうに入り乱れている。
皆が余裕のない顔をしている。
乳母のヨシノも・・・だ。
「シリ様からお話があります。お急ぎください!」
子供部屋に入ると、ウイとレイは緊張した顔で椅子に座っており、
その後ろには、レーク城から一緒に着いてきた侍女達が集まっていた。
皆が不安そうな顔をしている。
ユウが椅子に座った途端、シリが部屋に入ってきた。
母は、いつもの悲しげな表情ではなく、
争いを控えた戦士のような雰囲気を纏っている。
その姿は美しく・・・少し懐かしい。
「ユウ、ウイ、レイ、心して聞きなさい」
シリの瞳は力強く鋭かった。
「はい」
3人は声を揃えて返事をした。
「叔父上が亡くなりました」
シリは静かに話す。
「叔父上が!!」
ウイは悲鳴のような声を上げた。
レイは表情を変えずに聞いていた。
それでも、瞳の奥は揺れている。
元々、感情を表に表さない子供だった。
ユウは黙って母の顔をみた。
私たちは、これからどうなるの?
そう言わんばかりにシリを見つめた。
シリは、ユウの顔を見て意を汲んだようだった。
「叔父上は、あなた達の父上を殺しました。しかし、その叔父上も殺されました。
謀反です。後継のタダシもビルに殺されました」
ウイの喉の奥から悲鳴のような声が出た。
タダシさんも亡くなったの?
ユウの瞳は大きくなる。
「今は悲しんでいる場合ではありません。
領主が殺された・・・ということは、どういうことかわかりますか?」
シリはユウの瞳をじっと見た。
「・・・この城に敵がむかってくる」
ユウの声は少し震えた。
「そうです。戦況は不明です。けれど、準備をしないといけません。
このシュドリー城を守らないといけません。これは、留守を守る妃の仕事です」
シリの瞳は強く光った。
「はい」
「あなた達にも仕事を頼みます。この布を使って包帯を作って」
シリは白い布をテーブルの上に置いた。
「包帯?」
ウイが不思議そうな顔をする。
「争いで怪我をした人がたくさん城に押し寄せます。
そのために大量の包帯を用意するのです」
シリが説明した。
ゼンシが生きていた頃、裁縫に飽き飽きしたユウは、シリに質問をしたことがある。
『こんなことをしてどうするの?』と。
その時の母の顔が忘れられない。
『人生は何があるかわからないわ。今は平和だとしても・・・
再び争いが起こる日が来るかもしれない。その時のために、こうして備えるのよ』
その『時』が再び来たのだ。
ユウは唾を飲んだ。
「母と乳母、侍女達は争いの準備に取り掛かります。
あなた達は邪魔にならないように、子供部屋にこもって包帯を作ってください」
シリは話した後に、シュリの顔を見つめた。
「シュリ、あなたが3人の姫を守るのよ。できる?」
鋭い目線だった。
「はい」
シュリは真剣な眼差しでうなづいた。
「それでは、私はこれから部屋に戻って重臣達と会議を行います。
皆、昔のことを覚えている?」
シリは侍女と乳母達の顔を一人一人見つめた。
昔のこと、それは9年前に行った争いの支度だった。
レーク城を守るべく、シリは指揮をとった。
家臣だけではなく、乳母、侍女達も籠城の準備を行なっていた。
「覚えています」
ヨシノが静かに話し、他の乳母、侍女達は黙ってうなづいた。
「ヨシノ、食糧庫の確認を。
モニカ、軟膏作りをシュドリー城の侍女達に教えてください。
サキ、ホールの机と椅子を寄せて。
エマは私のそばにいてほしいの」
シリはテキパキと指示をした。
そして、後ろに佇む侍女達に話した。
「あなた達は3人ずつ乳母達についてサポートをしてあげて」
「承知しました」
皆が声を揃えた。
「それでは各自、動きましょう!」
シリが指揮をとりはじめた。
「母上!待ってください」
ユウが突然立ち上がった。
「母上、領主が不在の時に妃は城を守るのでしょ?」
ユウは話す。
「そうです」
シリは静かに話す。
「母上、私もいずれ領主の元に嫁ぐはずです。
私だけではないわ・・・。ウイもレイも・・・そうでしょ?」
ユウは不思議そうな顔をしたウイとレイを見下ろす。
「そうよ」
シリは話す。
「それでしたら・・・私達を子供部屋に閉じ込めるのではなく、
母上の部屋で裁縫をさせてください。学ぶべきことがあるはずです」
ユウは挑むような、まるで戦に向かう戦士のような眼差しでシリを見つめた。
シリは少し躊躇った。
重臣会議に子供・・・それも姫達が同じ部屋にいるのは前例にない。
そう思った瞬間、ふっと笑みが溢れた。
前例を気にするなんて・・・自分らしくもない。
昔の自分は、いつでも前例にないことを取り組んでいたのに。
グユウさんがよく口にしていた。
『・・・前例にない取り組みをする。シリらしい』
その自分が・・・突拍子もない娘の意見に『前例がない』と思うなんて。
前例を気にするなんて・・・グユウさんに笑われてしまうわ。
「良いでしょう。母の部屋で裁縫をしましょう」
シリは微笑んだ。
次回ーー
「ここで裁縫をするのですよ。会議中は静かに」
妃シリが、少女たちを重臣会議の場に同席させた。
戸惑う家臣、揺れる姫たち――。
その姿は、まるで亡きゼンシのよう。
今、女たちの“戦”が始まる。




