訃報、燃え尽きた覇道
「シリ様、すぐに御母上のところへ来てください」
エマが血相を変えて駆けつけてきた。
「母上のところへ?」
シリが不思議そうな顔した。
「はい。早馬がきたのです・・・」
「早馬?」
シリの表情がギクリとする。
早馬とは、特に重要な情報を手紙ではなく、使者を通じた口頭による伝達の事を指す。
「なにかあったのだわ」
シリは北側の母の部屋に急いで駆けつけた。
扉をたたくと、長年ミンスタ領に仕えている高齢の重臣が迎えた。
「お呼びしま…」
声に出した後、言葉は空中で途切れた。
部屋には、シリの母、ゼンシの妻、タダシの妻がいた。
シリの母は長椅子に横たわっていた。
ゼンシの妻はヒステリーを起こし、家臣達が周囲を取り囲んでいた。
タダシの妻は泣いている。
その状況を見て、シリは隣に佇む高齢の重臣に質問をした。
「トム、何があったの?」
トムと言われた高齢の重臣は、戸惑うような表情をした。
本来であれば、早馬の報告は身内が話すものだったからだ。
「トム、この状況では誰も説明できないわ」
シリは囁くように説明を促す。
トムもそう思ったのだろう。
唾を飲んだ後に低い声で伝えた。
「ゼンシ様が亡くなりました」
えっ
ゼンシが死んだ?
ほんの10日前に元気に旅立ったのに。
「きゅ・・・急病ですか?」
シリの声は震えている。
トムは静かに頭をふる。
「謀反です」
その言葉を聞いて、ゼンシの妻、母が泣き出した。
「どうして!どうしてなの?」
突然の悲しい知らせを受け入れられないようだ。
その状況の中、シリは冷静だった。
ゼンシを殺したいと思った人間は、何百人もいるだろう。
自分もその中の1人だった。
謀反があったのは、何ら不思議な出来事ではない。
「謀反を起こしたのは・・・」
「ビルです」
トムが説明をする。
ビル・・・ミンスタ領の重臣だ。
シリの脳裏に、ゼンシに激しく蹴り続けられていたビルの姿を思い出した。
ビルも、自分と同じようにゼンシを憎んでいたのだろうか。
シリは、義姉や母のように「なぜ?」と疑問に思うことはない。
むしろ、『やっぱり』と思った方が適切な表現だった。
「タダシ様も亡くなりました」
トムがシリに伝えた。
この情報は、シリにとって矢のように胸に刺さった。
「タダシ・・・が⁈」
鋭い声を喉の奥から発した。
「シリ様・・・」
隣にいたエマがシリを支えようと寄り添う。
シリは、泣き伏せているタダシの妻の姿を横目で見た。
「私は大丈夫。大丈夫よ・・・」
瞳を閉じて話す。
「・・・他に情報は」
シリはトムに質問した。
「はっきりしているのは、5日前にミヤビの宿でビルの謀反でゼンシ様とタダシ様が討たれたことだけです」
トムは静かに話す。
「わかったわ」
シリは息を整えた。
ゼンシとタダシが死んだ。
主要な重臣達は国内に散らばっている。
ビルは戦況処理を終えたら、この城を攻めてくるだろう。
この城は、ゼンシの居住城だった。
そして、この城にいるのは高齢の重臣たちと女性ばかり。
ミンスタ領を乗っ取るのに、好条件が揃っている。
シリはトムと目を合わせた。
危機的状況なのに、誰も動こうとしない。
「マサシは無事なのね?」
シリは確認した。
マサシ、ゼンシの次男だ。
「はい。わかる範囲ではご無事だと思います」
トムが答えた。
シリは小さなため息をついた。
「母上、義姉上、ユナ聞いてくれますか?」
ユナ、タダシの妻だ。
3人は顔を上げた。
シリは背筋を伸ばした。
「これから、ビルがこの城に攻めてくる可能性があります」
シリのその言葉に、部屋の空気が静かに、しかし確実に変わった。
まるで――新しい戦が、いま始まったかのように。
次回ーー
ゼンシとタダシの死。ミンスタ城に迫る謀反の波。
混乱の中、指揮を執るのはシリ。
「落城はこれが初めてではありません」
かつて城を守った妃が、ふたたび立ち上がる。
少女たちにも、戦いの準備が始まる――。




