父と子、焔の中で
残酷な表現があります。苦手な人はご遠慮ください、
夜半。
静まり返った宿に、かすかな気配が漂っていた。
闇に潜む何かが、じわじわと迫ってくるような不穏な空気――
そんな気配に導かれるように、タダシは寝間着のまま部屋を出た。
「父上 どうしましたか?」
「謀反だ」
ゼンシは武具をつけ、弓を手にしたまま話す。
えっ。
ゼンシの発言に、タダシは慌てて周囲を見渡した。
真夜中なので、周辺は真っ暗だ。
けれど、遠くで馬が嘶く音が聞こえる。
そして、武具が触れ合う音がかすかに聞こえ、小さな咳払いが夜の闇に響く。
「武具をつけるのだ」
ゼンシは静かに話した。
タダシの背中から汗が滑り落ちた。
戦況は極めて不利だ。
この宿にいる兵は50人程度。
キヨ、ゴロク、ビルなどの力がある重臣達は、ミヤビから遠く離れた場所で争いをしている。
敵兵は何人いるかわからない。
タダシは慌てて武具をつけた。
その時だった。
塀の外側に、松明が灯され周辺が僅かに明るくなった。
多くの兵が塀の外にいる様子が見えた。
突然、鬨の声あげながら鉄砲が撃ち込まれ、四方から敵兵が乱入してきた。
「誰の仕業だ」
ゼンシがつぶやく。
「ビル殿の軍勢と見受けられます」
家臣が答えた。
「そうか」
ゼンシは、ビルの旗印を見てうなづいた。
「ビルは優秀だ。逃れる方法はない」
ゼンシは、冷静に戦況判断をして淡々と話す。
そして、ゼンシは弓を手に次々に敵兵を射殺した。
しかし、捌ききれないほどの敵兵が塀を乗り越え、宿内の敷地に流れ込んできた。
ミンスタ領の兵達は、次々と死んでいく。
タダシも剣を手に取り敵兵を倒したが、その数はどんどん増えていく。
倒しても、倒しても終わりがない。
絶望的な気持ちになった時に、
「タダシ様!」
目の前に家臣が飛び出し、自分の身を犠牲にして斬られた。
タダシは、斬られた家臣を廊下の端に引きずった。
家臣は、呻きながら腹をおさえている。
その腹からは止めどもなく出血があり、腸がはみ出ていた。
「助かった。お前は勇ましいな。この世で褒美は与えられないけれど・・・
生まれ変わったら、必ず褒美を与える」
タダシは優しく声をかけた。
「タダシ様、ありがたい言葉です」
家臣は微笑みながら、頭を下げ、よろめきながら立ち上がった。
「タダシ」
突然、背後から名前を呼ばれた。
声の方に振りむくと、ゼンシが肩で息をしながら佇んでいた。
「タダシ、お前はミンスタ領の領主だ。
自分が良いと思う道を歩め。わしはわしの道を行く」
ゼンシは少し顎を上げて、宿の奥へ入ろうとした。
「父上!! それはどういう意味で?」
タダシが声をかけた。
「わしはここで死ぬ」
ゼンシは振り向き、剣を片手に見せた。
自分から進んで死を迎え入れるか。
捕虜となり、敵兵に殺されるのか。
自分で選べ。
ゼンシは、そう言わんばかりに伝えた。
死に引きずり込まれるのか、
頭を高く上げて、その場に歩み入れるかの違いだった。
この2つの道の間には、選択の余地はほとんどないという人もいるだろう。
しかし、ゼンシは知っている。
タダシも知ったのだ。
その2つの間には天と地ほどに違うということを。
「父上 私はミンスタ領主です。領主に相応しい死に方をします」
タダシは毅然とした表情で話す。
「そうか」
「はい。一緒に行きましょう」
タダシの背後から炎がゆらりと上がった。
「わし達が死んだ後、死体に油をかけろ。骨一本たりとも残すな」
ゼンシは家臣に瓶を渡した。
「はい。必ずここを守ります」
家臣は頭を下げた。
2人が厳かに死ねるように家臣達は、剣と弓を片手に
攻め寄せてきた軍勢を迎え入れる。
「頼んだ」
ゼンシは顎を上げて宿の奥深くにへ入る。
一番奥の部屋に辿り着いた後、内側から戸を閉め切った。
周辺からパチパチと火が爆ぜる音が聞こえ、熱気が身を包む。
ゼンシは黙々と、タダシは少し震えながら死の準備を始めた。
「タダシ、お前は優しい男だ。死の直前に家臣を思いやる心を持っている」
ゼンシは唐突につぶやいた。
「その優しさは・・・強さでもある」
「ありがとうございます」
弱いと思った自分の優しさを認めてくれた。
タダシの瞳から涙が溢れてきた。
「お前の母親も優しかった・・・似たのだろう」
ゼンシの表情は穏やかだった。
「父上・・・」
ゼンシが亡くなった母のことを、口にしたのは初めてのことだった。
たくさんの妾を持ち、争いに明け暮れていたゼンシは、
母のことは忘れているに違いない・・・
タダシはそう思っていた。
「お前を領主にできなかったのは、わしの責任だ。わしの行動がお前の死を招いたのだ」
ゼンシの瞳は後悔の色が滲んでいた。
9年前に、シリに話したことを思い出した。
『残酷な殺され方をすれば、刃向かうものはいない。謀反など起こさぬようになる』
『それは違うわ!残酷なことをする人間は、いつか裏切られるのよ!』
シリは叫んだ。
・・・シリのいう通りだ。
国王になるまで昇り詰めたのに、信じていた重臣に裏切られた。
「父上の子に産まれて幸せでした」
タダシは心を込めて伝えた。
ゼンシはタダシの顔を見つめた。
その潤んだ瞳が揺れた時に、若くして亡くなったタダシの母の面影が重なる。
息子の顔から亡くなった女の目を見ることができるのだろうか?
「そうか」
ゼンシは炎の中で赤く揺らめく短剣を持ちだし、薄く微笑んだ。
自らの腹に短剣をあてた。
タダシは黙ってゼンシの左側に立つ。
苦しげに身を震わせたゼンシの首に、狙いを定め剣を振り落とした。
ゼンシ・モザ 49歳 死亡
覇業達成の目前で生涯を終える。
──その血は、タダシの足元に、静かに広がっていった。
そして、タダシの静かな決意が、夜の炎の中に灯る――。
次回
炎の中、父ゼンシの最期を見届けたタダシは、同じ道を選ぶ。
燃え盛る炎に包まれながら思い浮かぶのは、妻と幼い息子、そしてシリと娘たちの顔――。
「守れなくて……」残した言葉は炎に呑まれた。
その夜、ミンスタ領の運命は大きく揺らぎ始める。
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