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許すわけじゃない。でも、赦すの

「どうして、今日は準正装なの?」

ウイは新しいドレスに袖を通す。


そのドレスは、小さなピンクのひな菊の花輪模様の緑色のドレスだった。


「これから、ゼンシ様とタダシ様の出立ちなんですよ」

乳母のモニカが、ドレスのボタンを止めながら教える。


首都 ミヤビに行く2人を見送るために、準正装をする必要があった。


ウイは鏡の前に立ち、大満足の態で自分の姿を見入った。


いかにも美しく若さに輝いて見える。


「出立ちのお見送りは、今までしたことがなかったわ」

部屋の奥に置物のように、座っていたレイがポツリとつぶやいた。


真っ黒の瞳に、白と紺色のドレスが似合っている。


「そうね。今までは母上、いつも部屋に籠っていたものね」

ウイは首をかしげた。


なぜ今回に限って、母は出立に同行するのだろう?


その時、ドアが開いてユウが入ってきた。


波打つ金髪に星の花を飾り、青いドレスを軽やかにまとっている。


その姿を見た瞬間、ウイの胸に小さな痛みが走った。


同じ姉妹なのに、どうしてこうも違うのだろう。

生まれつきの差だ。どれだけ練習しても、ユウのような空気は纏えない。


「今回の出立ちは特別なものよ」


ユウがそう言って髪をかき上げた。


「叔父上は、国王になるための準備を進めている。タダシさんに家督を譲るのも、その一環」


「国王!!」

ウイとレイは目を丸くして驚く。


「準備はできた?」

シリが子供部屋に入ってきた。


そのとき、シリが子供部屋に現れた。


白のドレスに金糸の刺繍。胸元には、いつものように小さな水色の袋が忍ばせてある。


ウイは、その存在を知っている。母が時おり無意識に手を当てる場所。


――それは、守りたい想いの形なのだ。


4人は列を組んでホールにむかった。


「母上、今日の出立ちは家臣達が少ないのね」

ユウは壇上からホールを見下ろす。


「家臣達は各領で争いをしているわ」

シリが大人に口を聞くように話す。


「叔父上がいないのに争いは勝てるの?」

ユウが真面目な顔をする。


その目線は、シリとほぼ同じ高さだった。


「どの家臣も強いわ。兄上は自分が戦わなくても争いに勝てるように、軍隊を強くしたのよ」

シリの話を聞きながら、ウイはここでも姉、ユウとの違いをはっきりと感じた。


ウイは争いや領政に興味がない。


そういうものは、

男の人がするものであって、女の自分には関係ないものだと思っていた。


ユウのような疑問すら浮かばない。


「けれど・・・この少ない家臣達で叔父上とタダシさんをお守りできるの?」

ユウは形の良い顎をさする。


出立ちに集まった家臣達は少なかった。

その数は、50名程度。

領主、その後継を守るには、あまりにも人数が少ない。


「確かに少ないわ・・・。家臣達は争いに参加しているのかしら?

報告だけだから家臣は少なくても良いと思うけれど・・・」

シリも口元に手を当てる。



シリとユウの会話を聞きながら、エマはため息をついた。


『女性は疑問を持たず、口にせず、微笑んでいる方が可愛らしい。殿方にも愛される』


――この国ではそれが美徳だった。


幼い頃から、政治や戦法、馬に興味を持つシリを、淑やかに女性らしく育てようと苦戦した。


シリは34歳。


もう、考え方を変えることはできないだろう。


そして、長女のユウもシリのような思考を持っている。


「ユウ様を淑女らしくするには・・・骨が折れるだろう」

エマは独り言をつぶやいた。




ゼンシとタダシがホールに現れた。


その姿を見て、家臣達は野太い声を張り上げる。


ゼンシが手を挙げると、歓声が止んだ。


「ミヤビに行き、家督交代の報告に行く」

集まった家臣や親族を見つめながら口を開く。


傍に佇むシリとユウの姿に気づく。


どこにいても、目に止まる程の美しい親子だった。


その姿を見て、ゼンシは薄く笑ったような気がする。


「これから国王就任にむけて動く。新しい時代を、このゼンシが作る!」

高らかに宣言をした後、家臣達は一層盛り上がった。


ゼンシが、シリとユウを見つめた。


「お気をつけて」

シリは頭を凛と上げ、力強く伝えた。


隣に立つユウも、力強い眼差しでうなづく。


2人の顔を見て、ゼンシの口元は少しだけゆるめた。


後ろにいるタダシは微笑んだ。


赤いマントを翻し、ゼンシとタダシは、共に階段を降りる。


その後を、家臣達が寄り添うように後を追う。


こうして、ゼンシは国王への一歩を踏み出した。



「お見送りに参加されたのは・・・どういう心境の変化ですか」

その日の夜、シリの髪をブラシで梳かしながら、エマが遠慮がちに聞いた。


「ユウの件のこと、兄が謝ったのよ」

シリは簡潔にエマに説明をした。


「それでは・・・ゼンシ様のことを許されるのですか?」

エマのブラシの動きは完全に止まっていた。


「謝っても、何も変わらないわ」

シリの声には、吐き出すような疲れが滲んでいた。


エマは黙って再び髪を梳かした。


「まだ、あんな事をした兄が憎いわ。その一方で感謝もしている。

自分でも複雑なのよ」


「・・・そうですね」


シリの部屋には、ブラシを動かす音だけが響いた。


「許したくても許せない。

でも、兄を憎しみ続けると自分が疲れてしまうの」

シリが再び口を開いた。


「だから・・・兄は許せないけど、“憎み続ける自分”を、私は赦すことにしたの」


エマは黙ってうなずいた。


窓の外ではカエルの鳴き声が響き、月が輝いていた。


嵐の前の・・・静かな夜だった。

次回ーー


朝のバルコニーで、ユウは稽古に励むシュリを見つめ、胸に初めてのざわめきを覚える。

「本当の人が現れたら、きっとわかるわ」――そう呟く瞳の先には彼の姿があった。

一方、都ミヤビではゼンシが息子タダシに告げる。

「これからの時代に必要なのは、優しさだ」

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