表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
263/267

勝利の果てに ー幻を抱く者ー

嗚咽の余韻が、なお城下に漂っていた。


泣き続ける三姉妹を、サムは唇を噛んで見つめていた。


その隣でイーライは、ただじっと四人を見つめている。


視線の先は――ユウとシュリ。


入り込めないほどの強い絆がそこにあった。


「・・・これから、キヨ様の所へ報告に行ってくる」

サムの声に、イーライは夢から覚めたように我に返る。


「・・・よろしくお願いします」


サムの視線は三姉妹に向けられていた。


「・・・これから、どうなるのだろうな」


それは、普段のサムらしくない弱音だった。


いつでも冷静沈着で、余計なことは言わない――イーライの抱いていた印象とは違う。


「姫様方は・・・両親に似ておられる」

サムは顔を伏せ、掠れる声で続けた。


「レイ様は・・・グユウ様にそっくりだ。ウイ様は、お二人の面影を併せ持っている」


一瞬黙し、そして小さく呟いた。

「・・・そして、ユウ様は・・・シリ様にそっくりだ」


イーライは息を呑んだ。


――確かに似ている。外見だけではなく、芯の強さも、言葉遣いも、毅然とした眼差しも。


「・・・その意味が・・・わかるか」

サムはさらに声を落とす。


「いえ・・・私は何も・・・」

イーライは静かに首を振る。


「キヨ様は・・・ずっとシリ様に執着していた。あの方が十二歳の頃から」


イーライの背中に、冷たいものが走った。


「・・・まさか。随分と年も離れておりますし・・・」

声が震えるのを止められない。


サムは瞼を伏せ、苦渋を滲ませる。


「・・・私は、キヨ様の前に姫様方をお見せしたくない」


その声には、憤りと誓いが入り混じっていた。


――約束したのだ。シリ様と。姫様たちを守ると。


「・・・これは取り越し苦労であって欲しい」

それでも、と言葉は続かなかった。




◇ノルド城 数時間後


炎はようやく鎮まり、ノルド城は瓦礫と化していた。


血と煙の臭いが漂う中を、キヨは笑みを絶やさず進んでいく。


「見よ! ゴロクの城は、我らの前では塵に等しい!」


声高に叫ぶと、兵たちは歓声を上げた。


勝利に酔いしれる声が、瓦礫に眠る主の骸を覆い隠していく。


「これでモザ家は、わしの掌にあるも同然よ!」

「ははっ、殿のおかげにございます!」


家臣らの称賛を受け、キヨの笑みはますます深まった。


「ゴロクの首を探し出せ」


だが――瓦礫の奥に散った夫婦の亡骸のことを、まだ誰も告げはしない。


シリ様を我がものに――そう胸に秘めた欲望は、すでに叶わぬ幻と化していることも知らずに。



「エル、新城の図面を」

キヨは満足そうに椅子に腰掛けた。


「・・・兄者」

エルは呆れを隠さず図面を差し出す。


「うるさい! シリ様があの城に住むのだ。最高の部屋に仕上げねばならん」

キヨは図面を指でなぞり、目を細めた。


「寝室は・・・広い方が良い。そうだ、一番奥まった所に・・・」

抑えきれない笑いが込み上げる。


「誰にも邪魔されぬように、扉は厚くして・・・鍵も二重に」


「兄者、片付けの指示は・・・?」


「エル、お前に任せた。わしは忙しい」


「・・・承知」

ため息をつきながらも、エルは冷ややかに兵たちへ指示を飛ばした。


そこへ、サムがゆっくりと陣に入った。


「キヨ様・・・ご報告があります」

その顔は紙のように白く、声は震えていた。


「おお、サム! どうした。シリ様は無事か?」

キヨは機嫌よく笑った。


だが、サムはうつむいたまま、震える唇で告げた。


「・・・ゴロク殿と、シリ様。城奥にて、ともに自害されました」


グラスが手から滑り落ち、赤いワインが地に散った。


「・・・死んだ、だと?」


信じられぬというように、キヨはゆっくりと立ち上がる。


「シリ様が・・・死んだ? まさか!」


ノアは息を飲み、辛そうに俯いた。


エルは黙したまま、炎に照らされるキヨの顔を見守る。


その表情は怒りとも悔恨ともつかぬものに歪んでいた。


――こうなることは薄々わかっていた。あのシリ様が大人しく従うはずもない、と。


だが、まさか本当に命を絶つとは。


「シリ様は・・・シリ様は、わしのものになるはずであった!」

キヨの叫びが陣に響き渡る。


先ほどまでの浮かれは消え去り、黒煙だけが虚しく空に立ちのぼっていた。


サムが懐から一通の手紙を差し出す。


「・・・これを、預かっています」


震える手で受け取り、キヨは文字を追った。


指先はかすかに震え、やがて「なんと!」と絶叫した。


手紙が地に落ちる。


エルが拾い上げ、目を通した。


そこには、三人の娘の庇護を託し、イーライやサムを決して責めぬようにと、美しい文面で綴られていた。


「・・・炎のような方だ」

エルは小さく呟いた。


その言葉に、ノアは泣きながら頷いた。

「あんな女性は・・・もういない」



「お前たち、出ていけ! 仕事に励め!」

キヨは周辺の兵を怒鳴り散らした。


勝利に浮かれていた兵たちは慌ててグラスを置き、散り散りに退いた。


陣に残されたのは、キヨ、エル、ノア、そしてサム。


「・・・わしはもう休む」

弱々しく扇を閉じると、肩を落として地に俯いた。


「兄者!」

エルが諌める。


戦後の処理が山積しているのだ。


だがキヨは力なく吐き捨てる。


「・・・生きる甲斐をなくした。争いに勝っても・・・虚しいばかりだ」


虚ろな瞳に浮かんだのは、紅に揺れる城の中で凛と立つ白い影。


――それは、もはや記憶の中の光景でしかない。


手を伸ばすが、届くはずもなかった。


次の瞬間、キヨは再び子供のように泣き崩れ、地を叩き始めた。


――もう、あの方には逢えぬ。


あと少しで手が届くと思っていたのに。


「シリ様! シリ様! くそ・・・!」

次の瞬間、キヨは子供のように泣き叫び、地面を転げ回った。


「あんな年寄りと・・・死ぬなど!」

憤りとも悲しみともつかぬ叫びが陣幕にこだまする。


ノアとサムは呆然とその姿を見つめ、エルは頭を抱えた。


やがてサムは気を取り戻し、声をかける。


「・・・シリ様のお子様たちに、面会は」


「逢わなくともよい! わしはそんな気分ではない!」


キヨの返事は幼子のようだった。


「・・・そうですか」

サムは小さく息を吐いた。


――取り越し苦労はするものではない。


・・・できれば、このまま姫様方をどこかに隠しておきたい。


「兄者、それはまずいです」

エルがきっぱりと首を振る。


「シリ様のお子様はゼンシ様の血を引いている。面会もせずに庇護を与えるなど、許されません」


キヨは無言のまま手元の新城の図面を掴み、ぐしゃぐしゃに丸めて陣の端へ投げ捨てた。


「サム、後ほど、姫様方をお連れしてくれ」

エルは指示をした。


「・・・承知・・・しました」

サムの返事は歯切れの悪いものだった。


「・・・まるで子供のようだ」

エルはため息をつき、腰に手を当てて転げる兄を見下ろす。


「それでも国王を狙うつもりなら――せめて立ち上がれ」


そう言い放ちながらも、キヨは地に転がったまま動こうとしなかった。


燃え残る瓦礫の煙が、陣幕の隙間から静かに流れ込んでいた。



残り4話 もうすぐ終わりの物語にブックマークをありがとうございます。


次回ーー明日の9時20分


涙を拭い立ち上がったユウは、妹たちの手を握りしめて歩き出す。

――母の代わりに、自らが守らねばならない。


サムは誓いを胸に従い、イーライはなお迷いを抱く。

だが兵たちの前に現れたその姿は、もはや幼い姫ではなかった。


燃える城を背に、毅然と進む少女。

そこに重なったのは――亡きシリの面影だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ