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一緒にいきましょう


扉はゆっくりと閉じられた。


「あぁ・・・」


その瞬間、シリは力なく床に座り込んだ。


ーー見送った。


愛する子供たちを、生かし、逃すことができた。


私の役目は・・・終えた。


静かに涙が頬を伝う。


背後からは、堪えていたエマの嗚咽が漏れてくる。


重い扉に思わず縋りつく。


向こうからは兵の足音、そして娘たちの泣き声が微かに響いてきた。


ーー私の分まで、どうか生きて。


その場に座り込むシリに、マナトが優しく声をかけた。


「ご立派でした」


「・・・ありがとう」

掠れた声で返す。


「間もなく・・・夜が明けますね」


マナトは白んできた東の窓の外を見た。


ーー動かなくては。娘たちを逃しても、私にはやるべきことがある。


そう思っても、足に力が入らなかった。


その時、ふと肩に温もりを感じた。


忘れもしない、この気配。


それは、長い間、恋しくて仕方がなかった亡き夫の気配。


ーーグユウさん?


思わず顔を上げ振り返る。


けれど、グユウの姿は見えない。


見えるのは薄暗い廊下だけ。


マナトが不思議そうな顔で、シリを見つめていた。


ーー当たり前だ。彼は十年前に死んでいる。


・・・疲れているのね、私。


再び俯く。


それでも再び、肩に手が置かれている気がした。


気のせいではない。


驚きで目を見開いた。


もう一度、振り返る。


振り返っても見えるのは廊下の石畳だけ。


ーーでも、わかる。


彼がここにいて、私を見守っている。


最後に交わした会話が、胸に甦る。


『シリ・・・お前は生きろ。セン家の血を守ってくれ』


彼は約束してくれた。


『シリが役目を終えるまで、オレは待っている』


ーーグユウさん、私を迎えに来てくれているの?


心の中で問いかける。


けれど、何も聞こえない。


あるのは、ただ確かな気配だけ。


ーーこれは私の幻想かもしれない。


・・・それでもいい。


グユウさんが待っている。


私の任務を終えるのを。


シリはゆっくりと立ち上がった。


泣き続けるエマの背中にそっと手を添える。


「エマ」


優しく声をかける。


涙で濡れた顔を見つめ、微笑んだ。


「一緒に・・・逝きましょう」


真っ赤な目で、エマは主を見つめ返した。


「・・・はい、シリ様」


二人は、寄り添うように、ゆっくりと暗い廊下を歩き始めた。


その先にあるのは、終わりへの道だった。



東の空が、かすかに白み始めていた。


閉まった扉の前でウイとレイは声をあげて泣いている。


母と共に残ったエマの姿が脳裏に浮かび、ユウの胸はきゅっと締めつけられた。


ーー落ち着いて。


長女の私がしっかりしなければ。


何度も言い聞かせる。


けれど、この苦しみに耐えるだけの力は、どこにもない・・・。


我慢しても身体の震えが止まらない。


その時、手を強く握られていることに気づいた。


隣を見上げると、シュリが力強い眼差しで自分を見つめている。


ユウは涙で霞む目でその顔を見つめた。


シュリは無言で頷く。


それに応えるように、ユウも唇を噛み締めて頷いた。


握った手を強く握り返す。


ーー約束した。母上と。


妹たちを守ると。


兵たちは泣き叫ぶウイとレイに対して、

どう対応していいのか分からず、ただ拘束し続けている。


乳母たちも立ち尽くすばかりだった。


ユウはそっとシュリの手を離し、ゆっくりと妹たちのもとに足を運んだ。


夜明けの光は、容赦なく彼女らの小さな背を照らしていた。


「妹たちを離して」

ユウは静かに口を開いた。


兵たちは思わず目を見合わせる。


なぜなら、指示をしているのが大人びているとはいえ、少女だからだ。


しかし、その少女の揺るぎない眼差しを見て、拘束する手を緩めた。


地面に座り込むウイとレイの足元にユウは立った。


「ウイ、レイ」

その声は、幼いころに聞いた母の声を思い出させる響きだった。


ゆっくりと顔を上げると、そこには母に瓜二つの姉の顔があった。


「立ちなさい」

ユウは毅然とした眼差しで二人を見つめた。


「姉上・・・」

ウイは泣きながらその顔を仰ぎ見、レイの唇もまた震えていた。


ユウは両手を差し伸べる。


「一緒に行きましょう」


ウイはすがるようにユウの手にしがみつき、レイも震える手で握り返した。


ユウは妹たちの手を固くつなぎ、馬車へと歩き出した。


「ウイ、レイ」

ユウは静かに口を開いた。


「生きるのよ。私たちは」

真っ直ぐに前を向いて、ユウが話す。


「姉上・・・」

ウイが頬に濡れた涙を拭おうとせず、ユウを見つめる。


レイは、静かに涙を流しながら、ユウの手をぎゅっと力強く握る。


「母上が望んでいた。・・・だから生きるのよ」


そして、ユウは二人の手を強く強く握りしめた。


「はい・・・」

ウイは肩を震わせながら、前に進み、レイは強く頷いた。


東の空は、もう白く輝き始めていた。


ウイとレイが馬車に乗り込む。


扉が閉じられる音を聞きながら、ユウは小さく息を吐いた。


ーーこれからは、私が守る。


多くの評価を頂きありがとうございます。

慣れぬ喜びと感謝の気持ちでいっぱいです。

今まで読んでくれた皆様にも感謝を込めて。


次回ーー明日の9時20分


母を残し、馬車に乗り込むユウ。

その背後には、若き兵イーライと重臣サムの姿があった。


「キヨには、母が残ったことを伏せて」

少女の眼差しに、兵は息を呑む。


――シリを思わせながらも、より鋭い光を宿した瞳。

夜明けとともに、ユウは新たな領主の顔を見せ始めていた。


⚫︎切ない展開中に失礼します


小説の息抜きで質筆裏話エッセイを書いています。


本日更新をしました。1000文字程度のエッセイです。良かったらご覧ください。


『事件発生!テンプレ外が日刊総合ランキングに迷い込んだ件』


https://book1.adouzi.eu.org/N2523KL/

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