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可愛い、大事な娘たち。この顔を見るのは、これで最後


ユウの叫びが胸を突き刺す。


それでもシリは目を閉じ、大きく息を吐いた。


ーー本当は座り込み、泣きじゃくりたい。


けれど、自分は妃であり、領主だ。


まだ、やるべきことが残されている。


顔を上げ、そばに立つイーライに向き直った。


「イーライ・・・手紙には、あなたのことも一筆加えました」


「・・・私のことを?」

イーライは驚いた。


「私が城に残ると知れば、キヨは怒るでしょう。その時、あなた方を罰さぬようにと」


「・・・ご配慮、痛み入ります」

イーライは頭を垂れた。


次に、シリはサムを呼び寄せ、数通の手紙を差し出す。


「シリ様・・・これは」


「あなたと、ロイ、チャーリー、カツイに宛てた手紙よ」


シリは柔らかく微笑んだ。


その顔を見て、サムは悟った。


ーー遺言だ。


「・・・また、お二人を見送らねばならぬのですか」

嗚咽をこらえるように漏らすサムに、シリは静かに微笑む。


「・・・ごめんね。サム」


「シリ様・・・!」

縋るように呼びかけるサムを前に、シリは小さく首を振る。


「その手紙にも書きました。・・・娘たちのことを、お願いします」


祈るような眼差しに、サムは耐えきれず頭を伏せた。


「・・・承知いたしました」



その時だった。


「母上! 考え直してください」

ユウの叫び声が響き、シリの足元が震えた。



「母上がいない世界で・・・生きていくなんて・・・耐えられない」

ユウは声を震わせながら言葉を絞り出す。


ーーお願い。一緒に城を出て!


その想いは切実で、シリの心は揺れた。


シリは足だけでなく唇までも震えてきた。


今、この瞬間、自分はまだ元気だ。


胸の鼓動は力強く打っている。


ーーまだ死ねない、と。


それなのに命を終わらせる決断を下す。


それは想像していた以上に苦しいことだった。


その時、胸の奥に十年前の記憶が蘇った。


グユウとの別れの時のことを。


兵が整列する城門の前で、彼に縋りついた。


『私も一緒に死ぬ!』

泣きながら叫んだ。


ーーあの時、彼は静かに首を振った。


『シリ・・・お前は生きろ。子どもたちを守れ』


その記憶の中で泣きじゃくる自分の姿が、今、目前で涙を流すユウの姿と重なって見えた。


胸が締めつけられる。


あの時は、彼に生かされた。


けれど今はーー自分が娘を置いて逝こうとしている。


それと同時に、彼が子どもたちに話した言葉も思い出した。


『父はここの領主だ。ここを守るために死んだ兵のためにも、

家や畑を焼かれた領民のためにも、逃げるわけにはいかない』


ーー私は領主なのだ。妃であっても、領主。


誇りを失った姿を、子どもたちに見せるわけにはいかない。


シリは揺れる自分の気持ちを封じるために、拳を強く握りしめた。


震える心臓を押し殺すように、ユウをまっすぐ見つめる。


「・・・許して」

その声はかすかに震え、喉がつまる。


唇を噛んで、それでも母は娘に託した。


「ユウ・・・ウイとレイのことを・・・頼みます」


「母上・・・」

ユウは、その瞳を見て絶望的な気持ちになった。


ーー母の気持ちは変えられない。


自分たちと生きたいと願っているのに。


喉がつまって声が出ないまま、袖を掴む


けれど、それもやがて力なくほどけていく。


そばにいてほしいと思う気持ちの一方、心の底ではどこか認めていた。


ーー自分も同じ立場なら、同じ道を選択するのだろう。


あの日とまるで一緒。


父を置いて逃げた日のことを思い出す。


私は・・・また大事な人を捨てて生きていかなくてはいけない・・・。


深い絶望の中、呆然と立ち尽くすユウの前に、シュリの手が差し出された。


「ユウ様、いきましょう。・・・一緒に」


涙に滲むその顔に、ユウの胸は締めつけられる。


ーーあぁ。レーク城の時も・・・シュリはこうしてくれた。


ユウは泣きながら、シュリの手を取った。


そして母の顔を見つめる。


「・・・母上、ウイとレイのことは任せて」


母の最後の願いはーー妹たちを見守ること。


「セン家と・・・モザ家」

ユウは胸に左手を添え、右手はシュリの手を強く握りしめる。


「その血を・・・守ります」

震える声で誓った。


「ユウ・・・ありがとう」


シリは、手を取り合う二人を見届けるように頷いた。


「シュリ・・・ユウを頼みます」

その声は縋るように切実だった。


「命に代えても・・・お守りします」

力強い言葉に、シリは悲しみの中で微笑んだ。


ユウとシュリが兵に導かれ、妹たちが拘束されている場までむかう。


振り返ったユウの目に、

頬を涙で濡らしながらも気丈に自分を見つめる母と、真っ赤な目でこちらを見つめるエマの姿が映った。


「母上・・・! エマ・・・!」

泣き声が空に響く。


「幸せに・・・ね」

シリは静かに告げた。


その姿を、サムは見ていた。


あの日と同じように。


尊敬する領主夫妻を、また見送らねばならない立場としてーー。


シリは、ゆっくりと城に戻り、娘達の顔を見つめる。


ーー可愛い、大事な娘たち。この顔を見るのは、これで最後。


ウイとレイは兵達に腕を掴まれ、必死にシリに向かって叫ぶ。


「母上ぇ・・・!」

レイは涙で言葉が途切れ、最後は声にならなかった。


「・・・っ、母上・・・」

ウイは声にならず、押し殺した嗚咽が喉を裂いた。


その隣で、ユウはシュリの手を固く握りしめ、必死に涙をこらえながら声を絞り出す。


「母上・・・!」


シリは震える声でマナトに告げた。


「・・・扉を閉めて」


マナトが頷き、重い扉がゆっくりと閉じられていく。


泣き叫ぶ娘たちの声を聞きながら、シリは涙をこらえて微笑んだ。


白いドレスの裾を縁取る赤は、燃えるような決意を映していた。


ーー最後に見せるのは、母としての誇り。


青い瞳は亡き夫を想いながらも、娘たちを包むように輝いていた。


子どもたちが見た最後の母の姿は、誰よりも美しい笑顔だった。


この場面は、筆を進めながら自分でも嗚咽が漏れました。後書きも涙まじりです。


ブックマークありがとうございます。

今まで見てくれた読者様も、

最後まで、見届けてくれたら嬉しいです。


次回ーー本日の20時20分


「生きるのよ。私たちは」


夜明けの光が小さな背を照らす。

その瞬間、母の役目は娘たちに受け継がれた。

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