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夫が望む妻の再婚相手

「この手紙にはユウの縁談についても書いてある」

ゼンシが口を開いた。


シリは、真剣な顔でゼンシの顔を見つめた。


「読んでみろ」


シリは少しくたびれた羊皮紙を広げた。


見慣れた美しい字体・・・懐かしい、愛おしいグユウの文字だ。


『この手紙を読む頃、私はもう生きていないでしょう。

最後のお願いとして、筆を執ります。


シリは、シュドリー城に戻ることを不安に思っています。

結婚前に、ゼンシ様がなさったことを、また繰り返されるのではないか。

生き残っても、自分は慰み者になるのではと、そう話していました。


それならば、いっそ私と共に死にたい――

そう言ったことさえあります。


けれど私は、信じています。

ゼンシ様が、私と同じようにシリを大切に想ってくださっていることを。


どうか、シュドリー城に戻ったシリを、守ってあげてください。


私との結婚生活は、決して穏やかなものではありませんでした。

それでも、私はシリと出会えたことを、何ひとつ後悔していません。


シリは強い娘です。

己の意思を貫く芯があります。

どうか再婚相手には、そんな彼女を受け入れ、共に歩める人を選んでほしい。


乗馬も、男装も、争いへの発言も――彼女の一部です。

頑なに否定せず、耳を傾け、受け止めてくれる人であってほしい。


シリは優秀です。

もし男であったなら、立派な領主になったでしょう。

家臣からの反発にも、ぜひ味方として力を貸してください。


無理をしてでも他者のために尽くす彼女を、どうか見守り、時には休ませてやってください。

服装には無頓着なので、時おり新しい服を与えると良いでしょう。

乗馬服がいちばん喜ばれました。


柔軟な姿勢で話を聞き、必要なときには、はっきりと意見を伝えてくれる――

そんな相手なら、私は安心して逝けます。


長女ユウは、シリに似て、強い心を持っています。

彼女の縁談にも、ぜひ配慮をお願いしたい。


死よりも、生きることのほうが辛いときが、きっとあるでしょう。

私が死んだ後、シリはその苦しみを経験するはずです。


だからこそ、どうか――

シリと娘たちのことを、よろしくお願いします。


ゼンシ様。

私とシリを結びつけてくれたこと、感謝しています。

あの結婚で、私は人生のすべてを得たと思いました。

シリと出会い、可愛い子どもたちに恵まれた。


なので、この結果になっても、悔いはありません。』


シリは、この手紙を何度も読み返した。


「こんな流暢な文章が書けるのに、口を開くとどうして・・・本当に不器用な人」

思わず独り言をつぶやく。


グユウの暖かな気持ちが溢れて、静かな涙が頬をつたう。


「再婚相手に、こんな条件を求めるなんて・・・無茶苦茶だわ」

苦笑いをしながら、ゼンシの顔を見上げた。


「グユウが望む再婚相手を探していたら9年が経った」

ゼンシは真面目な顔で返事をした。


「兄上は・・・グユウさんの願いを叶えようとしていたのですね」

シリは羊皮紙を膝に下ろし、静かに質問をした。


「もちろんだ。ユウを我が子のように育てた男の恩に、応えたかった」

その言葉にシリは目を伏せた。


ゼンシに乱暴され、ユウを産んだことは「不運」なことだと思っていた。


あの「不運」がなければ、グユウと出会うことも、三人の娘たちと過ごす日々もなかった。


めぐり合わせの中で、幸せは確かに存在していたのだ。


「グユウは良い義弟だった。争いがなければ今も円満な関係だったと思う」

ゼンシは立ち上がり、そこから見える景色を見つめた。


「グユウさんも、兄上のことを心から尊敬していました。

争いは・・・したくなかったと思います」


「それも知っている」

ゼンシは静かに話した。


心の底で想いあったとしても、歩み寄れないものがある。


それは、2人とも多くの命を担う立場である領主だからこそだ。


敵味方に分かれて戦わねばならない状況で、

ゼンシもグユウも心の葛藤を抱えていた。


どうして、争いは起きるのだろうか。


「このような想いを2度としないためにも・・・わしは争いを終わらせる。新しい世をこれから作るのだ」

ゼンシが振り向いた。


「兄上の願いは叶いましたね」

シリは静かに話した。


15年以上、ゼンシは争いを続け、時には敗北をしながらも、諦めずに勝利を掴んでいた。


今や、国王に最も近い男だ。


「これからは忙しい。家督をタダシに譲ったら、国王になるべく準備が始まる。

その間に、ユウに相応しい結婚相手をじっくりと選別する」

ゼンシの瞳は真剣だった。


「お任せします」

シリは頭を下げた。


「その手紙はシリに渡す」


「ありがとう・・・ございます」

シリは頭を下げた。


また1つ、宝物が増えた。


「では、明日の準備にかかろう」


ゼンシが扉へ向かおうとしたとき、シリが呼び止めた。


「兄上」


彼は振り返る。


「国王になられる日を、楽しみにしています」


その言葉に、ゼンシは小さく笑った。


その笑みは、どこか遠い人のものに思えた。


次回ーー


ユウとシュリがお互いを初めて意識をする。


「嫁ぐ日が来ても、私はずっとユウ様のそばにいます」


揺れる心、迫る縁談。

二人の想いは、もう誰にも止められない――。



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