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呪われた子供

「母上・・・私の本当の父親は・・・叔父上なのでしょう?」


部屋にユウの声が響いた。


その瞬間、シリとエマの表情が凍りつく。


――誰にも言わなかった秘密。


どうして、この子は知っているの。


シリの呼吸は浅くなり、首筋を一筋の汗が伝った。


「・・・どうして、そう思うの?」

声の震えを抑えるように低く問いかけ、気忙しげにシュリへ視線を向ける。


「母上、私は知っています・・・シュリも」

ユウはちらと後ろを振り返る。


シュリは軽く頷き、静かに跪いた。


「なぜ・・・?」

掠れた声で問い返すシリ。


「母上と叔父上が話しているのを・・・隠し小部屋で聞いていたの」


その言葉に、シリの血の気が引いた。


視界が揺れ、倒れかけた体をエマが慌てて支える。


「・・・聞いて、いたの?」


「・・・ごめんなさい」

ユウは静かに目を伏せた。


シリは深く息を吸い、必死に呼吸を整える。


――この秘密は死ぬまで口にしないと決めていた。


知っているのは、グユウとシリ、エマ、そしてゼンシだけ。


だが、グユウとゼンシはすでに亡くなり、もうすぐ自分とエマの命も尽きようとしている。


その時に――この子が疑問を抱えたまま生きるのは、あまりにも過酷すぎる。


シリはそっと瞳を閉じた。


――グユウさん。


亡き夫の名を、無意識に心で呼んでしまう。


手が、小袋を探すように動いた。


あの中には、グユウの髪の毛が入っている。


けれど・・・今はない。


小さくため息をつき、エマの顔を見て、静かに頷く。


「ユウ、そうよ。あなたの父親は・・・グユウさんではない。私の兄なの」


ユウの顔がさっと陰る。


――わかっていた。知っていた。本当の父親のことを。


けれど、その事実を母の口から告げられると、予想以上に胸を抉られる。


力を失う背中に、シュリがそっと近づく。


その背に手を添え、ユウを支えるように見つめた。


「・・・母上は・・・叔父上を好いていたの?」


重い沈黙が部屋を満たす。


「・・・違うわ」

シリの顔に影が落ちる。


「・・・私は・・・呪われた子なのですか?」

ユウの声は震えていた。


「違うわ」

シリはすぐに顔を上げる。


「でも・・・」

ユウは崩れ落ちそうになった。


――ずっと思っていた。乱暴されてできた子供、望まれていない子供だ・・・と。


震える背を、シュリは労わるように撫でる。


「ユウは・・・覚えていないかもしれないけれど、グユウさんは感情を表す人ではなかったの」

シリは静かに話し始める。


朧げな父の記憶。


ーー黒い瞳で母を見つめる優しい表情。


膝に抱き上げられ、髪を撫でられた温もり。


血が繋がっていなくても、あの瞬間は確かにあった。


「結婚して二か月の時だったわ・・・すべてを打ち明けて、お腹にあなたがいると伝えた時――

グユウさんは初めて笑ったの。 とびきりの笑顔で・・・」


「『シリが産めば・・・オレの子だ』 そう、あの人は話してくれたの」

シリの声には、愛おしさが満ちていた。


ユウは黙って母の顔を見つめる。


「中でも・・・一番の笑顔は、あなたの顔を初めて見た時よ」

シリは服の裾をぎゅっと握りしめた。


「母はね、あなたの顔を見て、父親が誰か気づいてしまったの。

その時・・・グユウさんは、生まれたばかりのあなたを抱き、

『オレが望んでいた子供だ。この子は母親に似て、美人になる・・・』と笑ったの」


シリの瞳から、涙が溢れ落ちる。


ユウは立ちすくんだまま、言葉を失っていた。


「あなたの名前は・・・グユウさんが名付けたの。

“グユウ”の“ユウ”を、と。

血は繋がっていなくても・・・せめて名前だけは、と、そう願って」


「あなたは愛されていたの。

グユウさんから・・・母からも・・・呪われた子なんかじゃない。

誰よりも・・・深い愛情を受けた子なの」


シリはそう言って、ユウを強く抱きしめた。


その腕の温もりに、胸の奥の硬い氷が少しずつ溶けていく。


「母上・・・!」

ユウは堪えきれず、しがみつく。


肩口に顔を押しつけると、涙がとめどなくあふれ出した。


少し離れた場所で、シュリは静かに二人を見つめていた。


――良かった。


隠し小部屋でこの事実を知ってから、ユウはずっと深い孤独と、

自分の生まれに対する嫌悪を抱えていた。


その重さを知っていただけに、

今、愛されて生まれたと知ったユウの顔を見て、胸の奥がじんわり温かくなった。


それでも、まだ、ユウの胸には誰にも話していない恐れがあった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


今回明かされたユウの出生の秘密。

シリとグユウがどう向き合い、乗り越えてきたのか――

前作の第26話から丁寧に描かれています。


気になった方は、ぜひ前作もあわせてご覧ください。


『秘密を抱えた政略結婚 〜兄に逆らえず嫁いだ私と、無愛想な夫の城で始まる物語〜』


https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/


次回ーー本日の20時20分


「普通でいたい」

そう願うユウに、シリは首を振った。

「あなたは特別な子。母はその力を信じます」

だが、信じられるのか――ユウはまだ揺れていた。


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