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爆発の火種 危険を承知で

◇ ノルド城 客間


城の客間では三姉妹が押し黙って待機していた。


レイは本を開いては閉じ、また開く。


その繰り返し。


ウイは刺繍枠を膝に置いていたが、針先はほとんど進んでいない。


ユウは窓の外を見ているようで、視線は遠く宙をさまよっていた。


その眼差しには、何かを秘めた強い光が宿っている。


そこへヨシノが入ってきた。


「ヨシノ、使者は帰ったの?」


「はい。ゴロク様は執務室、シリ様はご自分の部屋で領務を行なっております」


その答えを聞いた瞬間、ユウはまっすぐドアへ向かった。


「どこに行かれるのですか」

ドアノブに手をかけた途端、シュリが腕を掴んだ。


「母上のところよ。聞きたいことがあるの」

ユウの瞳は、射抜くように強い光を放っていた。


「ユウ様・・・! 城内は危険です。争いが始まる寸前です。不要な外出はーー」

ヨシノは必死に絞り出す。


「それなら、必要な外出だわ」

ユウは静かに言い切る。


「危ないです!」


ーーこんな時、エマがいたら。


ヨシノは自分の押しの弱さに泣きそうになった。


乳母でありながら、ユウの強さに逆らえないのだ。


ウイとレイが不安そうに、視線を交わした。


「なら、付き添いにシュリを連れて行く」

そう言い、ユウは、シュリに鋭い視線を送った。


「シュリ、ついてきて」

その顔を見て、シュリはヨシノに目で合図を送る。


ーーこんな時のユウ様には、何を言っても無駄だ。



「必ずお守りします」

シュリはヨシノにそう告げ、ユウとともに客間を出た。


二人が石畳の廊下を進むと、城のあちこちに争いの気配が満ちていた。


中庭には石や矢が積まれ、廊下では武具を抱えた兵が忙しなく行き交う。


井戸のそばには大桶が並び、普段の風景に紛れて戦の匂いが漂っている。



シリの部屋に近づいたとき、ユウはふと足を止めた。


足元に、火薬を詰めた木箱が鎮座している。


蓋の隙間から漂う焦げたような匂いに、胸の奥がざわついた。


これがウイやレイなら気に留めなかっただろう。


ユウは一般的な姫と違い、一通りの武器の知識がある。


導火線、油壺――爆破に必要なものがすべて揃っているのが、一目でわかった。


シュリと視線を交わす。


――この城を、爆破させるつもり?


廊下を行き交う兵の足音だけが、やけに大きく響く。


「行きましょう」

シュリが肩に手を置き、小声で促す。


「・・・シリ様のお部屋へ?」


「そうよ」


ユウは背筋を伸ばし、大股で歩き出した。


「こんな・・・時に・・・ですか?」


シュリの問いに、ユウは急に立ち止まる。


振り返った青い瞳は、鋭く光っていた。


「こんな時だから、よ」


その声に押されるように、二人は足を速める。


角を曲がるたびに木箱が目に入り、胸の奥がざわついた。


シリの部屋の前に着くと、ユウは拳でドアを叩いた。


「どうぞ」

エマの声に応じ、勢いよく扉を開ける――


窓際の机で、シリが必死にペンを動かしている。


そのそばでエマが手紙をたたんでいた。


「ユウ!」

顔を上げたシリが驚いた声を出す。


「城内は危険――」そう言いかけ、後ろのシュリに視線を移し、口をつぐむ。


――シュリがいれば大丈夫。


この一年足らずの間に、少年から青年へと成長した。


ユウの護衛役に、今や相応しい存在だった。


「どうしたの?」

シリは優しく微笑んだ。


ユウは部屋の様子を見まわす。


争い前だというのに、いつもと変わらぬ母の部屋。


ただ一つ違うのは、棚の上にあるはずの木像がどこにもないことだった。


それは父・グユウがシリに手渡した、セン家の木像。


母がそれを何よりも大事にしていることを、ユウは知っていた。


「・・・木像」

呟くと、シリは静かに頷く。


「あの木像を燃やすわけにはいかないわ。いつでも持ち出せるようにしたの」


「母上・・・争いが始まるのでしょう?」

ユウの声はかすかに震えていた。


「ええ。今夜、遅くにね」

シリは滑らかな声で告げる。


「私たちは・・・死んでしまうの?」


「あなた達は死なせない」

キッパリと言い放つ母の瞳は揺るがない。


「けれど・・・争いは何があるか、わからないでしょう?」

ユウの声も負けじと強くなる。


シリは髪を耳にかけ、わずかに視線を伏せた。


「そう・・・ね。どんなに準備をしても、絶対はないわ」

静かに答えるその横顔に、影が差していた。


ユウは一歩近づき、息を吸い込む。


「もし・・・自分の命が明日で終わると思ったら・・・知りたいことがあるの」


「何かしら?」

ユウの決意を込めた瞳を見て、シリは胸の奥がざわめいた。


――ひょっとして、私がこの城に残ることに気づいたのではないかしら。


この子の勘は鋭い。


・・・だとしたら、厄介ね。


スムーズに脱出させるためにも、自分の未来はまだ語れない。


エマも同じことを感じているらしく、そっと手を止め、空気が硬くなる。


シリは息を整えようと、ほんのわずかに視線を逸らした。


しかし、ユウの口から出た言葉は――予想とはまるで違っていた。


一瞬、部屋の空気が止まる。


シリの耳に、自分の心臓の音だけが響く。



「母上・・・私の本当の父親は・・・叔父上なのでしょう?」


次回ーー明日の9時20分


今まで口にしなかった質問がユウの口から飛び出した。

禁断の問いが落ちた瞬間、時が止まる。

凍りつく沈黙の中で告げられる、誰も知らぬ真実。


血ではなく、愛に抱かれて生まれた命――

それでもユウの胸を締めつけるのは、避けられぬ運命の影。


『呪われた子供』

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