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娘に秘密 本当の父親

「ユウ様が、どこにもいません!」


青ざめた顔で乳母のヨシノが駆け込んできた。


「ヨシノ、ユウ様から目を離したのですか?」

先輩乳母のエマが、鋭い口調で問い詰める。


「申し訳ありません・・・」

ヨシノは深々と頭を下げた。


「シュリもいないの?」

シリが静かに尋ねる。


「はい・・・シュリも」


その答えに、シリはため息をひとつ漏らした。


「ユウの居場所はわかっています。私が迎えに行きます」


シリは椅子から立ち上がった。


行き先に迷いはない――ゼンシの部屋だ。


ユウは、強くて美しい叔父に憧れている。

最近では、頻繁に彼の部屋を訪れていた。


連れ戻すには、自分が行くしかない。


シリはエマを伴い、ゼンシの部屋へと向かった。


扉の外から、ユウのはしゃぐ声が聞こえてくる。


「その首の数は?」


「二千七百あまりだ」

ゼンシの声もどこか楽しげだった。


「すごい!叔父上って本当にすごいのね!」


シリは扉の前で深く息をつき、ノックをした。


「入れ」


返事と同時に、扉を開ける。


バルコニーでは、ゼンシとユウが向かい合って座っていた。



金色の髪と、深い青の瞳――二人はまるで鏡のように似ていた。


すこし離れた場所に、剣を携えたシュリが控えている。


その光景は、どう見ても叔父と姪ではなく――父と娘だった。


ーーいや、実際にそうなのだ。


ユウの本当の父は、グユウではない。

ゼンシなのだ。


「どうした、シリ」

ゼンシは何食わぬ顔で紅茶を注ぎ足す。


「ユウを迎えに来ました。勉強の時間です」

シリは冷えた声で答える。


「母上、まだここにいたいわ」

ユウが不満そうに言った。


「叔父上は忙しいの。もう行きなさい」


シリの言葉に、ユウは観念して立ち上がった。


「兄上、失礼いたします」

シリは淡々と告げ、ユウの手を取り扉へ向かう。


ユウの手を引っ張り、シリが扉を開けようとした瞬間、


「ユウ」

ゼンシが声をかける。


ふりむいたシリとユウの姿を、シュリは眩しいものを見るように目を細めた。


シリとユウ、この二人が立っているだけで絵のように美しく、圧巻だった。


ゼンシも、同じことを思ったのだろう。


「また話そう」

ゼンシの表情は、少しだけ微笑んでいるように見えた。


「はい」

微笑むユウの手を、無言でシリは引っ張り部屋から連れ出した。



シリには娘が3人いる。


シュドリー城に来てから、ゼンシはその3人に不自由ない暮らしをさせた。


ゼンシが与える衣類は高価なものばかりだった。


3人に高い教養を与えるように、優秀な師をつけさせた。



ゼンシは、ユウ以外の姪に関心を示さなかった。


次女のウイの存在は薄かった。


ゼンシは平凡な外見、臆病で慎重なウイを気にもかけてなかった。


三女のレイは、いないも同然の振る舞いをしていた。


なぜなら、レイはグユウにそっくりだからだ。


ゼンシがレイの顔をみないのは、グユウを思い出すのだろう。


ゼンシは、長女ユウに特別目をかけているのは紛れもなく事実だった。


誰もが二度見をするような美しい容姿、物怖じしない話し方、

そして、争い、戦術に興味を示すユウは、ゼンシはお気に入りだった。


ーーユウは聡い子だ。


いつか、本当の父親について気づく日が来るのではないか?


ユウの成長を見守るたびに、言いようもない恐怖がシリを襲う。


ゼンシにユウを近づけたくない。



◇◇


シュドリー城 午後のひととき。


広間には柔らかな陽光が差し込み、シリと三人の娘たちが、穏やかに針を進めていた。


さっきまでの緊張が嘘のように、空気はゆるやかに和らいでいる――


「叔父上は悪い人なの?」

末っ子のレイが、無邪気な声で話しかけた。


穏やかな空気が一変する。


レイの質問に、ユウとウイが『よく聞いた』と言わんばかりの目線を送った。


シリは針を持つ手を止めた。


「どうしてそう思うの?」

静かに聞いた。


「セン家を滅ぼしたのは叔父上でしょ」

レイの返事が待ちきれない様で、ユウが話に割り込んだ。


シリは口を閉じた。


黙っているシリに、ユウは再び質問をする。


「レーク城を滅ぼしたのは、あのハゲネズミのような顔をしているキヨという人なのでしょ?」

どうやら、ユウは独自に情報を集めていたらしい。


ーーそれとも、ゼンシが話したのだろうか・・・。


上手に会話をそらせようとしたけれど、

ユウの真っ直ぐな瞳を見ると、曖昧な言葉で誤魔化せないと気づいた。


子供達は、ユウを筆頭に11歳、10歳、7歳だ。


子育てに迷った時に、いつも思うことがある。


ーーグユウさんなら・・・どうやって対応するだろうか。


この幼い子供達に、どこまで話したら良いのだろうか。


これは母親のあらゆる知恵の極意を必要とした。


末っ子のレイには早すぎるけれど、

真実を伝えた方が良いのだろう。


シリはそう判断した。


「叔父上と父上は、昔、仲が良かったの。けれど、悲しいことに争いが始まってしまったの」

シリは部屋においてある木像を見つめながら話した。


子供達は真剣な表情をしていた。


「精一杯頑張ったけれど、父上は争いに負けたわ。父上は立派な領主でした。

最期は自分の命を引き換えに、多くの人の命を救いました。私たちの命もです」

シリが静かに話した。


「叔父上も話していたわ。父上は立派な領主だったって。一人の男として敬意を示すって」

ユウが話した。


シリの胸に、じんわりと熱いものがこみ上げた。


あのゼンシが、グユウを――夫を、男として敬っていたのだろうか。


「父上も叔父上を尊敬していたわ」

シリはつぶやいた。


「・・・叔父上は良い人なの?それとも悪い人なの?」

レイは黒い瞳を瞬きながら質問をした。


「悪人か善人かは、関係性によって変わるわ。

セン家を滅ぼした叔父上は悪い人でもあるわ。

けれど、こうしてあなた達を保護してくれる叔父上は良い人でもあるの」

シリの説明に、レイとウイは困惑した表情を浮かべた。


ワスト領で財政を任されていたので、わかる。


ーー自分と子供達を養うのに、どれだけ多額な費用がかかることか。


いくら豊かな領だとしても、その負担は大きいのだろう。


しかも7年間も!


何不自由なく、暮らせる環境を与えてくれるゼンシには感謝しかない。


その一方で、グユウを殺したゼンシが憎い。


シリは両極端な気持ちを抱えていた。


「叔父上は悪い人と良い人が混じっているの?」

レイが納得しない顔で質問をした。


「叔父上だけではなく、母もですよ。ほとんどの人はそうじゃないかしら」

シリの答えにレイは目を見開き、ウイは首を傾げた。


少女期を脱しようとしているユウは、何かしら思うことがあるのだろう。


複雑な顔をしている。


後ろに佇むシュリの瞳は揺れていた。


「仲が良かったのに・・・兄姉なのに、どうして争ったの?」

ウイが控えめに質問をした。 


ウイが質問をすることは珍しかった。


10歳のウイの身の回りの世界では、仲良しならば喧嘩をしないものだった。


「それは、叔父上も父上も多くの命を担う領主だからよ」

シリは答えた。


心の底で想いあったとしても、歩み寄れないものがある。


娘達は、シリの言っていることが理解できなかった。


その気持ちを汲んだ様で、シリは微笑んだ。


「今にわかります」


シリの言葉に娘たちは首を傾げた。


けれどこのとき、シリの胸をかすめたのは――ゼンシとユウが、あまりに似すぎているという恐怖だった。


数年後、娘達は何度もこの言葉を思い出した。


歴史は繰り返すのだ。


それは、また別の話である。




次回ーー

拳を握り、ノックする。


「――入れ」

鉄のように重い声が、心臓を撃ち抜いた。


シリは、もはや逃げ場がないことを悟った。


明日の10時20分 「再婚したい?」

ブックマークありがとうございます。嬉しいです。

展開が遅いのに読んでくれる読者様に感謝をしています。

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