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怖くても、立つ。その先にあるもの

ユウは、百人を超える少年兵たちの前に立たされたまま、口を開けずにいた。


ーー声が、出ない。


ざわつく空気。


誰もが、どう反応してよいのか分からず戸惑っている。


後ろには、フレッドとシュリの視線。


さらに、少し離れた場所からは、シリとゴロクがその様子をじっと見つめていた。


ーーなぜ、私がこんな場所に。


こんな人前で話すことは初めてだった。


喋れるわけがない。


向いてない。


どうしたら良いの?


足元は震え、拳を握りしめた。


視線を上げると、少年兵たちの顔が並んでいた。


誰もが自分と同じように、少し怯えた目をしている。


ーー私と同じ。


その瞬間、胸の奥に何かが灯る。


「・・・あの」

声がかすれる。


けれど、誰かが静かに頷いた。


一歩、前に出る。


「私は・・・怖いです」


どよめきが静かに広がった。


誰もが、意外そうに彼女を見つめる。


「争いが怖い・・・大切な人を失うのが怖い・・・争いなんて、なければいい」


ユウの目は強い光が宿る。


「でも、それでも・・・怖くても、前に進まないといけません」

拳をほどき、胸の前で手を組む。


「守りたい人がいる。ーーそうでしょ?」


声が震えていた。


けれど、それでも、まっすぐだった。


「皆も、そうでしょう? 不安でも、怖くても、逃げずにここに立っている。

出陣の準備をしている。・・・ありがとう」


彼女の声に、少年達が小さくうなずいた。


その様子を見て、ようやく、呼吸を取り戻すように小さく息を吸い込んだ。


「勝ちましょう。ゴロク様を信じて。 ・・・そして、皆で帰ってきましょう」


その言葉を最後に、ユウは静かに頭を下げた。


ふと、後ろを振り返る。


尊敬と誇らしさではち切れそうな顔――そこには、シュリがいた。


ーーこれで、良いの?


そんな思いが目ににじむ。


けれど、シュリは力強くうなずいた。


ーー立派です。


声には出さなかった。


けれど、その瞳が、全身が、そう告げていた。


その瞬間だった。


ぱちん、と一つ、拍手が鳴る。


続いて、もう一つ。そして、また一つ。


気がつけば、大きな拍手がユウを取り囲んでいた。


少年兵たちは、夢中になってその手を叩いていた。


「我々も続こう! 我々も続こう!」


誰かが叫び、それが波のように広がっていく。


「おう!」


「続こう!」


その声が、天井を突き抜けるほどの熱を帯びた時、

ユウは初めて、心からの安堵と誇らしさを知った。


ーーこんな自分でも、伝わったのだろうか。


拍手の波に包まれながら、ユウはまだ心の奥に確信を持てずにいた。


けれど、すぐ隣から声が響いた。


「・・・それこそ、ユウ様だ」


フレッドだった。


驚きと尊敬、そして感嘆を湛えた目で、まっすぐにユウを見つめている。


「強がりじゃない。飾りでもない。怖さを抱えて、なお前に立つ・・・それが一番、俺たちの胸に響く」


ユウはフレッドを見つめた。


「こんな言葉、ユウ様にしか言えない」


真剣な眼差しに、心が少しだけ解けた。


ユウの中で、ほんの少しだけ「怖い」が「誇り」に変わっていた。



ーー似ている。


賑やかな観衆の中で、ノアは呆然と立ちすくんだ。


ーーゼンシ様に、似ている。


ユウ様の瞳の奥には、燃えるような熱情が宿っていた。

人の心を抉るような、鋭くも美しいまなざし。

視線一つで場を支配し、人々の鼓動を高鳴らせる。


それは、まるで――あの亡きゼンシ様と、同じだった。


ノアは思わず目を擦った。


幻を見たのかと思うほど、その姿は重なっていた。

見た目だけではない。

指先の動き、立ち方、言葉の間合い。

一つひとつの仕草までもが、ゼンシ様に酷似していた。


けれど。


あの方とは違う。

この方は、優しい。

誰よりも、傷ついた者の痛みに寄り添おうとする――。


その“違い”が、ノアの胸を苦しくさせた。



シリとゴロクは、黙ったままユウの背中を見つめていた。


遠くで拍手が鳴り響き、少年兵たちの歓声が高まる中、

二人だけが、まるで時を止められたかのように佇んでいた。


「まるで――生前のゼンシ様を思い出されますな」

静かに、ゴロクが口を開いた。


「・・・ええ」


シリはかすかに頷き、伏せた目元に影を落とす。


「さすがゼンシ様の姪御。瓜二つだ」


その言葉に、シリの肩がふるりと震えた。


ほんのわずかな動きだったが、それは確かに、何かを堪えるような震えだった。


「ゼンシ様だけではない」

ゴロクは、目を細めながら言葉を続けた。


「・・・シリ様にも、よく似ておられる」


その声には、懐かしさと、切なさと、誇らしさが入り混じっていた。


シリはずっと無言だった。


ーー兄とユウは違う。


心の中で、そう言い聞かせながら。


「怖くても逃げずに立った。人の前に出て、言葉を伝えた。それだけで、あの子は――」


ゴロクはふっと言葉を切ると、何かを噛みしめるように目を閉じた。


「・・・立派な後継ぎだ」


次回ーー本日の20時20分


出陣を目前に、フレッドはユウへ秘めた想いを告げようとする。

ウイもまた、動き出す。

一方で、ゴロクとシリは“勝てぬ戦”を前に静かに語り合う。

それぞれの想いが交錯する中――運命の時は、すぐそこまで迫っていた。


「大切な物を守るためーー前に進む」


⚫︎お知らせ⚫︎

短編を書きました。


無口で無表情な若き領主グユウ。政略結婚は破綻し、離縁ののちに迎えたのは、気丈でまっすぐな姫シリだった。

老臣の視点で見守る、静かで少し変わった結婚から始める恋と領主の成長記。


「無口な領主ですが、気の強い姫に少しずつ変えられていく話」


本編はこちら → https://book1.adouzi.eu.org/n4050kz/


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