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同じ人を好きになった相手

翌朝、稽古場に現れたシュリを待っていたのは、フレッドだった。


「シュリ、一戦、お願いしたい」


木剣を肩に担いだまま、フレッドはいつになく真剣な表情をしていた。


「・・・承知しました」


静かに頷いたシュリに、フレッドがふっと笑みをこぼす。


「そんな他人行儀な言い方、やめてくれよ」


「・・・ですが」

言葉を濁すシュリ。


重臣の嫡男と、自分はただの乳母子ーーその差は、覆せるものではない。


だがフレッドは、手にした木剣をぽん、ぽんと軽く叩きながら言った。


「俺は、シュリのことを“使用人”だと思ったことは、一度もない」


その声に、からかいの響きはなかった。


ただ、真っ直ぐに届くように。静かで、強い意思のこもった響きだった。


「ありがとうございます」


シュリが丁寧に頭を下げると、フレッドは微笑みを崩さないまま、言葉を継いだ。


「使用人だとは思ってない。けれど・・・敵だとは思ってる」


「・・・えっ?」


思わず、シュリは目を見開いた。


フレッドはその反応を楽しむようでもなく、真剣な眼差しのまま、まっすぐに言った。


「シュリは賢い。なんの“敵”か、わかるか?」


「・・・その、なんとも・・・」


シュリの声はかすれ、胸の奥がざわめく。


冗談のようにも思えず、目を逸らしかける。


するとフレッドはくしゃりと笑って、木剣を手の中でくるりと回した。


「・・・俺と、同じ人を好きになった相手。――それが“敵”の意味だ」


一瞬、時間が止まったようだった。


「・・・っ」


シュリの頬に、熱が差した。


意味を悟った瞬間、全身が火照る。


フレッドの“好きな人”とは、ユウに違いない。


けれど、自分はただの乳母子。


「・・・私には、言えない言葉です」


シュリはそう呟くと、静かに構えを取った。


声は震えていたが、目は逸らさなかった。


「一戦、お受けします」


フレッドは微笑みを浮かべたまま、木剣を構え直す。


「・・・手加減はしないぞ」


「願ったりです」


二人が間合いを測り合おうとした、その時。


「――私も参加したい」


背後から静かな声がかかった。


振り返ると、リオウが剣を手に、歩いてくる。


「仲間に入れてくれ」


その声音に、揺るぎはなかった。


三人での稽古は、毎朝の習慣だった。


けれど、今朝は重みが違う。


「・・・なんだ。結局、三人で稽古か。変わらないな」


フレッドが肩をすくめ、首を傾けて笑った。


「始めよう」


リオウが静かにそう告げ、構えを取る。


木剣が振るわれ、三人の剣筋が交わる。


火花が散るような鋭さと、どこかに潜む想いの重み。


稽古場に響く音は、ただの鍛錬ではなかった。


それぞれの“気持ち”と“立場”が交差する、静かで熱い戦いが、そこにあった。


「今朝は、随分と激しいな」


ノアが、稽古場の中央で火花を散らす三人を見ながらつぶやいた。


「・・・そうですね。ただの稽古、という感じではありません」


隣のマナトは、どこか言い淀むように答えた。


「ユウ様のことだろう」


ノアが気楽そうな口調で言うと、マナトは軽く咳払いをしてごまかした。


――フレッドとリオウがユウの婚約候補であることは、本来、機密だった。


だがその“秘密”は、いつの間にか、城の誰もが知っている公然の秘密になっていた。


「・・・あの二人は、ユウ様に相応しいさ。けど・・・」


ノアが、ふと口を滑らせる。


「私は、シュリのほうが・・・」


その言葉に、マナトは思わずノアの方を見た。


ノアの眼差しは、剣を交えるシュリを追っていた。


鍛錬を重ね、寡黙に忠義を尽くす乳母子。


報われぬ立場を知りながら、ユウを見つめ続けるそのまなざし。


――そうかと思えば、あの夜、姫と踊った姿。


ノアは目を細める。


「まっすぐで、熱心で・・・ああいう子を応援したくなるのは、年のせいかね。若い頃の自分を思い出すよ」


マナトは慌てて咳払いをした。


「・・・聞かなかったことにします」


重臣という立場で、姫と乳母子の恋を推すなど――本来なら、あってはならぬ発言だ。


だがノアには、昔から流されやすく、情にもろい面がある。


ーー優しいお方だが・・・まったく。


マナトは心の中で呟いた。


一方で、ユウの気持ちがどこにあるのか――誰にも分からない。


だが、こうして三人の稽古に、誰もが目を奪われているのもまた事実だった。


「もう、そこまでにしろ」


鋭くも柔らかい声が稽古場に響いた。


割って入ったのは、ジャックだった。


「朝から張り切るのは大いに結構だが・・・今日はこれから、ゴロク様のお話がある」


そう言いながら、ジャックはどこか呆れたように、

それでいて慈しむようなまなざしで三人を見つめた。


「はい」


リオウとフレッドは肩で息をしながら答える。


鍛え抜かれた体からは、静かに湯気が立っていた。


一歩下がったシュリは、流れる汗を袖で拭いながら、一礼する。


「それでは、私は失礼いたします」


稽古を終えた彼の言葉は、いつも通り礼儀正しかった。


使用人である自分には、家臣たちの話し合いに加わる権利はない。


今日も、乳母子として――ユウの傍らに仕えるのだ。



ノルド城、大広間。


ドアが静かに開き、ゴロクが堂々と入ってきた。


「・・・よく集まってくれた」


その低くよく通る声に、家臣たちは一斉に頭を下げた。


ゴロクは席に深く腰を下ろし、鋭い老いた目で周囲を見渡す。


眉の下に宿る炎のような瞳が、決意の強さを物語っていた。


「・・・キヨとは、もはや共には歩めない」


ざわりと、空気が揺れる。


家臣たちは顔を見合わせたが、誰もすぐには言葉を返せなかった。


その隣には、シリが控えていた。


背筋を伸ばし、夫の決断を無言で支える。


「キヨは、ゼンシ様の恩を己の野心に変え、モザ家を超えんとしておる。

マサシ様を取り囲み、政の場から遠ざけた。これはもはや一個人の諍いではない。天下の秩序の問題だ」


重臣ジャックが椅子を蹴って立ち上がる。


「ゴロク様!お命じください。我ら、命惜しまず出陣いたします!」


続くように、家臣たちが膝を進め、忠誠を誓う。


ゴロクはひとつ頷き、視線を巡らせながら言った。


「キヨの兵は、我らを上回る。だが――それがどうした」


静寂が訪れる。


「この戦、わしにとっては・・・勝ち戦よ」


その言葉に、大広間の空気が震える。


それは虚勢ではない。


ゴロクが「勝ち」とするのは、結果ではなく、誇りを持って戦う姿勢そのものだった。


勝ちとは、ただ相手を屈することではない。・・・我らが信じる道を、貫くことだ。


「わしは前へ出る。キヨを討つ。六十を過ぎても、剣は鈍らん!」


家臣たちは、そこに立つ“かつての名将”の姿を見た。


「命は惜しまぬ。だが、誇りは捨てるな」


それは、「我が背を見よ」と語るような、重くもまっすぐな言葉だった。


「ーー出陣するぞ」


その声に、家臣たちが一斉に立ち上がる。


誰も疑っていなかった。


“勝つ”と信じる者の背に、己の命を託してもいいと思っていた。


・・・ただ一人を除いて。


その場の隅で、青ざめた顔の男がいた。


ノアだった。


――ゴロク様と、キヨが戦う? 本当に、そこまで行くのか?



辺境の小説にブックマークありがとうございます。

頑張ります。


次回ーー明日の9時20分


母の言葉に涙をこらえる娘たち。

遠くから聞こえる軍鼓の音は、静かな朝を打ち破り、運命の幕開けを告げていた。


「母が必ず守ります」



⚫︎ここまで読んでいただきありがとうございました!


短編エッセイも公開しました。

タイトルは――

『母にお願いしたプレゼントは犬・・・じゃなくて馬でした』


子供の頃の「犬を飼いたい」願望が、なぜか「馬を飼いたい」に変わってしまった話です

クスッと笑える日常エッセイになっていますので、よければ覗いてみてください。


▶ https://book1.adouzi.eu.org/n1955kz/


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