表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
180/267

視線の先にいたのは、あなた

大広間の片隅にシュリは佇んでいた。


その目は、ユウだけを追っていた。


まるで、他の誰も目に入らぬように。

感情を抑えているつもりなのだろう。


けれど、その微かな眉の動きと、喉の奥で鳴る息遣いは、隠しきれぬ想いを物語っていた。


ユウもまた、その視線に気づいていた。

けれど、目を合わせようとはしない。

視線を伏せ、ただ、胸の奥でそっと名前を呼んでいた。


ーーシュリ。


たった一人のその存在が、自分の心を静かに揺らしている。


シュリの横顔を、遠くから見つめていたフィルは、ふっと息を吸い込み、ゆっくりと歩み寄った。


「シュリ君、踊らないの?」


突然の声に、シュリははっと顔を上げる。


「いえ・・・私は、使用人ですから」


目を伏せた彼に、フィルは少しだけ口元を歪めて笑う。


「そんなところで辛気くさく立ってるなんて、つまらないわ」


そう言うなり、彼女は迷いもなくシュリの腕にしがみついた。


「え・・・ちょ、ちょっと・・・!」


困惑するシュリを引き寄せるようにして、フィルは彼をダンスの輪の中心へと導いていく。


「さあ。踊りましょう?」


満面の笑みを浮かべながら、手を差し出す。


シュリは一瞬だけためらったものの、その手を受け取った。


軽やかな音楽にあわせて、二人が動き出すと、会場の空気がやわらかく華やいだ。


ふだんユウの影に隠れがちなシュリが、今は一人の“若者”としてそこにいた。


その姿に、多くの女性たちの視線が惹きつけられる。


フィルのドレスが舞い、彼女は大胆に身体を寄せる。


その距離に一瞬戸惑いながらも、シュリは微笑んだ。


――彼女の明るさに、救われている。


自分でも気づかぬうちに、心がほぐれていくのを感じていた。


 

その様子を、ユウはリオウと踊りながら、ちらりと意識していた。


胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。


言葉にならない想いが、喉元まで込み上げる。


ーーフィルとシュリ


誰がどう見ても、絵になるふたり。


ーー私が、こんな気持ちになる資格なんてないのに。


そう思いながらも、心の軋みは止められなかった。


想いは交わらぬまま、誰もが別の誰かと踊っている。


見ていられないはずなのに、目を逸らせない。



「あの二人も、よく似合っているな」


ゴロクがふと呟いた。


視線の先には、踊るフィルとシュリの姿があった。


「そうね・・・たしかに」


シリもうなずく。

見た目も、身分も、何ひとつ申し分ない。


「フィルの任が終わったら――あの二人を、どうだろうな」

ぽつりと、ゴロクが漏らす。


シリは一瞬だけ黙り込み、それからゆっくりと口を開いた。


「・・・それも、いいかもしれませんね」

けれどその声は、どこか歯切れが悪かった。


ユウの気持ちに、シリは誰よりも気づいている。


その胸の奥に渦巻く想いが、言葉の温度をそっと濁していた。



音楽が止み、広間にひとときの静けさが戻る。


立て続けに四曲を踊ったユウは、喉の渇きを感じて、ゆっくりと家族席へと足を向けた。


本当のところは――リオウとフレッドのもとから、少しだけ距離を取りたかったのだ。


無礼講とはいえ、彼らの視線を浴び続けるのは息が詰まる。


ましてや、領主家族の近くで一人だけ浮くわけにもいかない。


ようやく腰を下ろし、用意されていた冷たい水を口にする。


ひと口飲むだけで、ようやく胸の奥まで呼吸が届いた気がした。


「姉上、お疲れ様です」

すぐ隣にいたウイが、そっと微笑みかけてくる。


「・・・ウイも、来年には踊るのかしら」


ユウがぽつりとつぶやくと、ウイは目を伏せ、控えめに首を横に振った。


「私は・・・姉上のような立場には、きっとなりませんから」

その声は穏やかだったが、どこか寂しさを帯びていた。


――自分のことは、自分が一番よくわかっている。


美しいユウを見ながら、ウイは思った。


姉のように領地を背負うことも、周囲の誰かに強く想われることもない。


羨ましいと思うこともあるけれど、

それと同時に、あの強い光の中にいる姉を見ていると、胸の奥が少しだけひんやりとする。


強く光を放つということは、同じだけ濃い影を抱えるということなのだ。


遠くから見れば華やかで輝かしいけれど――


きっとその裏では、誰にも言えない苦しさや孤独を抱えているのだろう。


姉のような特別な存在になりたい。


そう願ったことは、何度もある。


でも、凡人のままでいる方が、案外いちばん楽なのかもしれない。


それにしても。


同じ両親から生まれたのに、どうしてこうも違うのだろう。


物心がついた頃から、幾度となく抱いてきた疑問が、今また心の奥で浮かび上がる。


――私は、姉のようにはなれない。


そう思うたびに、少しだけホッとして、少しだけ胸が苦しくなる。



「シュリ・・・すごいことになってる」

レイがぽつりと呟いた。


その視線の先を辿ると、数人の若い娘たちに囲まれたシュリの姿があった。


顔には困惑の色がにじみ、照れくさそうに笑っている。


その様子に、ユウの表情にかすかな陰が差した。


「・・・あの子たちは?」

ウイが声を潜めて尋ねる。


「家臣の娘たちだと思うわ。次の曲で、シュリと踊りたいんじゃないかしら」

レイは事もなげに言う。


「それにしても、急に人気が出たのね」

ウイの声にはどこか複雑な響きがあった。


「姉上がそばにいないから、話しかけやすいんだと思うよ。・・・シュリ、見目は悪くないから」


レイの淡々とした言葉に、ユウはふっと目を逸らした。


けれど、逸らした先にも安らぎはなかった。


胸の奥が、さざ波のようにざわついている。


演奏者たちが、次の曲の調律を始めた。

軽やかな音階が、少しずつ空気を変えていく。


そのとき、エマがそっと近づいてきた。


「ユウ様、次に踊るお相手を・・・お決めくださいませ」



ユウは静かに立ち上がった。


動揺を悟らせまいと、胸の奥を押さえ込むようにして。


リオウ、そしてフレッドと、それぞれ二曲ずつ踊った。


礼を尽くし、場の期待にも応えた。


だからこそ、今、次に誰を選ぶのか――

会場がざわめきを帯びる。


フレッドか、リオウか。


視線が、空気が、ユウに集中する。


彼女の足は、ゆっくりとその場を離れて歩き出した。


その先に、誰が待っているのか。

周囲の誰もが、息をひそめるように見守っていた。


次回ーー本日の20時20分


大広間に流れる旋律の中、

ユウの一歩ごとに視線が吸い寄せられる。


その足が向かう先は――

誰もが予想しなかった場所だった。


揺れる心、交わる視線。

祝宴の夜、運命の舞が始まろうとしている。


「姫が選ぶのは誰か」


お陰様で11万1千PV突破しました↓

===================

この物語は続編です。前編はこちら ▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/

兄の命で政略結婚させられた姫・シリと、無愛想な夫・グユウ。

すれ違いから始まったふたりの関係は、やがて切なくも温かな愛へと変わっていく――

そんな物語です。

=================

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ