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似合いの二人、見つめるだけ

燭台にともる明かりが、ノルド城の大広間をやわらかく照らしていた。

天井近くに吊るされた布飾りが、風のない空間に静かな動きを添えている。


視線が集まるなか、ユウは何気なく指先を喉元へ伸ばす。


シュリから贈られた白百合のリボンに、そっと触れた。


ほんの一瞬、安堵するように指を留める――癖のような、祈りのような動作。


それを、シュリは見逃さなかった。


人目を避けるように、そっと視線を送る。

リボンに触れたユウのしぐさに、胸が締めつけられる。


ーーつけてくれてる。


このような場所に、自分が贈ったリボンをつけている。


ただ静かに、肌の一部のように馴染んでいたリボンが、彼にとっては何よりもまぶしかった。


ユウの首筋の白と、その上で揺れる小さな白百合を見つめていた。


豪奢な食卓には、焼きたての肉や香草を添えた野菜、色とりどりの果物や、

温かなスープが並び、甘い菓子やワインの壺も余すところなく揃えられていた。


その料理の数々に、客たちは目を細め、控えめに笑みを浮かべる者、

早くも杯を手に談笑する者の姿もある。


やがて、広間の奥にある高台に、ゴロクとシリが姿を現した。


静かに手を掲げると、自然と場のざわめきが鎮まり、全員の視線が彼に向けられた。


「この冬、皆よく働いてくれた」

低く、よく通る声でゴロクは言った。


「争いの備えは、容易いものではない。

だが誰一人、手を抜くことなく、よくぞこの領を支えてくれた。心から礼を言う」


言葉は簡素だったが、その声に込められた熱と真摯さが、人々の胸に届いていた。


「今宵は、身分に隔たりなく、共に食し、語らい、踊ろう。それが我らシズルの力となるはずだ」


拍手が自然と湧き上がる。


その傍らで、シリは穏やかに微笑んでいた。


深い紫のドレスが彼女の白い肌に映え、落ち着きと気品が、静かな輝きとして立ち現れていた。


手元には金の細工が施された杯があり、柔らかな眼差しで招かれた者たちを見渡していた。


食卓は徐々に賑わいを増す。


料理の香りに包まれながら、笑い声が交わされ、グラスが軽く触れ合う音が響く。


緊張していた侍女や兵たちも、

少しずつ表情を和らげ、隣に座った者と遠慮がちに言葉を交わし始めた。


大きな壁の時計が低く時を刻むと、やがて、楽団がそっと調律を終え、初めの一曲が始まる。


まだ誰も踊り始めはしない。

けれど、その音の響きに、幾人かがそっと立ち上がり、椅子を引く気配が広間を包んでいく。


いよいよ、宴は本格的に幕を開ける。


最初に手を取り合って現れたのは、ユウとリオウだった。


リオウの黒の上着には、金糸で繊細な刺繍が施されている。


すらりとした体躯にぴたりと馴染み、その俊敏さと洗練された気配を際立たせていた。


襟元からは白いリネンのシャツが覗き、胸元には漆黒の金具で留められたブローチが控えめに輝く。


飾り立てることなく、それでも確かな品格と教養が滲んでいた。


ユウの手をとる彼の姿に、周囲からは感嘆のため息がこぼれた。


「似合いの二人だな」


ゴロクが低くうなずき、隣のシリも微笑みながら目を細めた。


まっすぐにユウを見つめるリオウの黒い瞳。


語らずとも、その眼差しに込められた想いが伝わってくる。


ーーあの瞳は、かつての夫にどこか似ている。


その眼差しに、かつての夫の面影を重ねながらも、シリはそっと息をのんだ。


その隣にいる自分の“今”を、確かめるように杯を持ち直した。


軽やかな旋律に乗せて、リオウがそっとユウを引き寄せたとき、

ユウの身体がほんの一瞬、ピクリと強張った。


その硬さを悟ったように、リオウはやわらかく背を支える。


その仕草に、見守る多くの女性たちが思わずため息をもらした。


遠くからその様子を見つめていたウイもまた、胸の奥が痛んでいた。


ーーもし、姉上が選ぶお相手がリオウ様だったなら。


ただそう思うだけで、胸が締めつけられる。


けれど、悲しいことに、二人はあまりにもお似合いだった。


切なげに目を揺らしながら、ウイは静かに踊る二人を見つめていた。


リオウとの曲が終わり、会場が拍手に包まれる。


ユウは静かに礼をし、一歩下がると、すでに待っていたフレッドが歩み寄ってきた。


彼の装いは、リオウとは対照的だった。



白を基調にした正装は堂々としていて、鍛え上げられた体躯を強調するように仕立てられている。


胸元には、鮮やかな赤のハンカチが差し込まれており、まるで炎のように彼の存在感を際立たせていた。


手を差し出すその仕草も力強く、ユウの手を包むと、フレッドはにこりと笑った。


「緊張してる?」


「・・・してるわよ、当然でしょ」


そう言いながらも、ユウの表情はどこかほっとしているようだった。


曲が始まると、二人の動きはややゆっくりとしたものに変わる。


フレッドのリードは穏やかで、けれど確実だった。


リオウの俊敏な動きとは異なり、彼のダンスはどこか懐の深さを感じさせた。


「ユウ様がリボンをつけてくるなんてな。似合ってる」


そう囁かれ、ユウは思わず顔を赤らめる。


「・・・ありがとう」


曲は、先ほどのリオウとのダンスとは打って変わって、軽快なリズムに変わった。


「ユウ様、ついてこれるかい?」


フレッドが茶目っ気のある笑みを浮かべる。


「・・・もちろんよ」


ユウはきりりとした眼差しで答える。


その瞳に、少しだけ気の強さが宿った。


「これも・・・」


ゴロクが苦笑いを浮かべながら、ぽつりと漏らす。


「似合いの二人だな」


「ええ。ユウ、楽しそう」


シリが微笑み、静かにうなずく。


軽快な旋律にあわせて、フレッドはリードをとる。


大胆でありながらも品のある動きに、ユウも自然と引き込まれていく。


氷のような静謐さをまとっていたユウの表情に、ふと柔らかな笑みが浮かぶ。


その瞬間、場の空気がふわりと変わった――


明るさとぬくもりが、彼女のまわりに静かに広がっていく。


それに呼応するように、他の客たちも、ひとり、またひとりと踊り始めた。


その様子を見つめながら、レイがぽつりとつぶやく。


「姉上・・・楽しそうね」


「そうね」

ウイが同じように目を細める。


けれどすぐに、その視線はするりと会場の端へと向けられる。


そこに立っていたのは、控えめな衣装に身を包んだシュリだった。


深い茶色の瞳に映える、落ち着いた緑の上衣。


丁寧に折り返された白いシャツの裾。


そして胸元には、青いハンカチがちらりとのぞいている。


彼の立ち姿は使用人らしく目立たず、礼儀正しく、けれど凛としていた。


その視線は、まっすぐにユウと踊るフレッドへ向けられている。


ウイはシュリの表情を見つめた。


そこには言葉にできない想いが宿っているようで、ウイの胸の奥に、じんわりとした痛みが広がった。


きっと彼も、今の自分と同じ気持ちを抱えているのだろう。


――ただ、見つめるしかない。


その静かな感情を胸に、ウイはゆっくりと視線を落とした。


ダンスは、まだ始まったばかりだった。



次回ーー明日の9時20分


大広間に響く音楽。

フィルに導かれ踊るシュリの姿に、ユウの胸は締めつけられる。


視線の先で揺れる想い。

誰もが別の誰かと踊りながら、心は交わらない。


次の一曲。

ユウが差し出す手の行方を、全ての視線が見つめていた――。


「視線の先にいたのは、あなた」



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小説の裏話エッセイを書きました。

今回は、シリのお相手・グユウを「むっつり」キャラとして描いています。


・・・ファンの方、ごめんなさい。

(でも、書いていて楽しかったです!)


興味がある方はぜひ読んでみてください

『短編に初挑戦 書いたものは、やっぱりテンプレじゃなかった件』


https://book1.adouzi.eu.org/n2523kl/


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