誰よりも“女”でありたくて
「緊張するわ・・・」
プリシアが呟きながら、食事会がある大広間へむかう。
「ダンス、楽しみだわ」
プリシアの呟きに反応せず、フィルは口を開いた。
今日はノルド城の大広間で食事会が行われる。
城中のものが身分の差を越えて、一緒に食事をするのだ。
それでも、妾がこの場に呼ぶことに、シリの懐の広さを感じる。
プリシアは控えめな金の刺繍が施された濃紺のドレスを選んだのに対し、フィルはまるで逆だった。
淡い花びらのようなピンク、透ける絹、胸のふくらみを抱え込むようにデザインされた細身のドレス――
彼女は今夜、誰よりも“女”であろうとしていた。
ーー誰よりも目立ってみせる。
フィルは心の中で誓っていた。
そして、その気持ちの先にーーシュリと近づきたい想いがあった。
姫の乳母子であるシュリ。
その目線が自分にむけられてない事を知っている。
ーーでも、この装いをして近づけばシュリの気持ちが変わるかもしれない。
自分は美しい。
身体を張って妾となってから、フィルはその自信だけが、
心の支えになっていた。
食事会の場に現れたフィルは、まるで一輪の花のようだった。
柔らかな桃色の絹のドレスは、彼女の体の線をなぞるように軽やかに揺れ、
透ける袖越しに白い肌がちらりとのぞく。
胸元には薄いレースが重ねられていたが、
光の加減でかえって膨らみが強調され、目を引かずにはいられない。
わずかに開いた胸元の襟ぐりからは、柔らかな肌がのぞいていた。
周囲の視線が、しばしその谷間に引き寄せられては、そっと逸らされていった。
◇ 三姉妹の部屋
「このリボンを首に結んでほしいの」
ユウの一言に、ヨシノは少し戸惑ったように首をかしげた。
「ユウ様、このリボンも確かにお美しいのですが・・・式典の場には、もっと格式ある装飾の方が・・・」
ヨシノが首飾りをいくつか差し出すも、ユウはちらりとそれを見ただけで、静かに言った。
「いいの。今日はうちうちの食事会でしょう? このリボンで行くわ」
「・・・かしこまりました」
ヨシノは素直にうなずき、ユウの細い首元に、白百合の刺繍が施されたリボンを結びつける。
「ご準備は整いましたか」
エマが部屋に入ると、ウイが群青のドレスの裾を気にして落ち着かず、
レイは淡い黄色のドレスをまとい、じっと鏡の中の自分を見つめていた。
「お二人とも、今日もとてもよくお似合いです」
そう言いながらエマは、ふとユウの方へ視線を移した。
その瞬間、息を飲んだ。
椅子に座り、まるで何気なく軍事書を読んでいるだけなのに――
ユウの存在は、そこにいるだけで部屋の空気を変えていた。
ーーなんて・・・美しいの。
肌を包むのは深い青のドレス。
ゴロクが選び求めた上質な布地が、ユウの瞳の色と調和して、まるで光を帯びたように輝いている。
首元には、青いリボンが柔らかく揺れ、彼女の白い肌と細い首筋を引き立てていた。
飾り立てていないのに、誰よりも目を引く。
堂々たる威厳ではない。
けれど、圧倒的な「美しさ」だった。
それはまるで、生まれながらに与えられた天賦の輝き。
部屋に花が咲いたような華やかさだった。
ーー若き日のシリ様も、美しかった・・・。
でも、あの方の美しさはどこか意志の強さと凛とした自制をまとっていた。
ユウ様は違う――無垢なまま、まるで光そのもののようだわ。
エマは思わず目を細めながら、胸の奥に押し込んだ不安と期待を噛みしめた。
「ユウ様、今日の流れはご理解いただけていますね?」
「わかってるわ。フレッドとリオウ、両方と踊るのよね?」
「はい。お一人につき二曲ずつ。静かな曲と、もう少し動きのあるダンスを予定しています」
ユウは不機嫌そうに眉を寄せ、読んでいた本を閉じた。
「二曲って・・・ちょっと多くない?」
「お互いを知るには、ちょうどいい時間です」
エマは穏やかに答えながらも、内心ではそっと息を吐いた。
ーーこの美しさを持ちながら、異性に対して心を開かないユウ。
その心は、誰かに想いをむけている。
シリのときよりも、ずっと複雑で、繊細な想い。
「フレッドとリオウ、どちらと先に踊ればいいの?」
「その点はご安心ください。先ほどくじを引いていただきました。リオウ様が先です」
ユウは小さくため息をつき、立ち上がる。
外堀は着々と埋まっている。
立ち上がったその姿に、またエマは圧倒される。
まとう青のドレスがふわりと揺れ、首元の青いリボンがひらりと踊った。
ーーどうか、この子が幸せになれますように。
エマはそう願いながら、背筋を伸ばして後を追った。
◇ 大広間
ーー多くの人が自分を見惚れている。
その視線にフィルの心は満たされる。
ーーこの会場で自分より美しい女性はいない。
見目の良さで領民から、ここまできた。
美しいことは武器であることは、心の底から実感している。
会場の隅に佇むシュリを見つけた。
いつもより上等な装い。
その背が高い姿をみて、フィルの胸は静かに弾んだ。
「シュリ君」
フィルはそっと近づき、声をかける。
シュリはフィルの開いた胸元をみて、動揺していた。
ーーふふ。見ている。見ているわ。
誰よりも欲しかった目線、それはシュリの恥ずかしそうな眼差しだった。
ーーその時、
扉が静かに開いた。
青いドレスに身を包んだユウが、静かに現れた。
その瞬間、会場の空気が変わる。
夜空のような深い青が、ユウの瞳と調和し、
首元の青いリボンが、彼女の存在にやわらかな余韻を添えていた。
会場中の視線が、彼女へと吸い寄せられていく。
フレッドは喉を鳴らし、リオウは目を見開いたまま動けず、
シュリはただ、目を奪われていた。
会場の視線は自然とユウに集まる。
威圧ではない。
威厳でもない。
ただ、そこに在るだけで、場が静まり返るほどの「美しさ」。
ーー悔しい。
けれど、その青に包まれた姿を、憎らしいほど美しいと思ってしまう。
フィルの胸に黒い影が差し込む。
どれほど着飾っても届かない、視線の「質」の違いがある。
羨望と嫉妬がないまぜになって、胸を締めつけた。
会場中の視線を集めたユウは、落ち着かない様子で目を伏せる。
ーーなんで・・・見られるんだろう。
何も特別なことはしていないのに。
私はただ、ここに立っているだけなのに。
その戸惑いを隠すように、ユウは微笑んだ。
・・・その首もとで、静かに揺れる青いリボンだけが、ユウの本当の想いを知っていた。
次回ーー本日の20時20分
冬を越えた祝宴、ノルド城の大広間。
民と妾、姫と侍従、すべての視線が交錯する夜。
青いドレスのユウは踊りながら、喉元のリボンに指を添える。
それは祈りか、想いの告白か――。
愛と嫉妬が静かに渦を巻き、舞踏の幕が上がる。
「似合いの二人 見つめるだけ」
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この物語は続編です。前編はこちら ▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/
兄の命で政略結婚させられた姫・シリと、無愛想な夫・グユウ。
すれ違いから始まったふたりの関係は、やがて切なくも温かな愛へと変わっていく――
そんな物語です。
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