表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
173/267

瞳が語る運命

「ゴロク殿、シリ様。本当にお世話になりました」


ジュンがにこやかに頭を下げる。


「そんな、こんなに早く帰らなくても・・・」


シリが名残惜しそうに引き止めると、ジュンは柔らかく微笑んだ。


「この時期、いつ嵐が来るかわかりませんから。道が閉ざされる前に戻らねば」


「・・・今回の忠告、本当にありがたく思っています」


シリは深々と頭を下げた。


「なんの、気にしないでください。また近いうちにお会いしましょう」


ジュンの笑顔は最後まで和やかだった。


その時、応接間の扉がノックされた。


「お入りなさい」


シリが声をかけると、三姉妹がそろって部屋に入ってくる。


「ジュン様、私の娘たちです」


「これは、これは・・・皆、花のように美しいお嬢さん方だ!」


ジュンの目尻が下がり、ひときわ優しげな表情になる。


昨日会ったユウ、ウイ、そして、レイにも視線を移す。


レイの顔を見て、ハッとしたように息を呑む。


その一瞬の反応を見て、シリが微笑みながら言葉を添えた。


「・・・似ていますよね、グユウさんに」


「誠に」


横にいたマサも、静かにうなずく。


シリのひとことに、ジュンは短く頷いた。

「ええ、まるであの日に戻ったような気がします」


ユウはシリと瓜二つ。グユウの面影はどこにもない。


けれど、ウイ、レイ。


それぞれに異なる空気をまといながらも、確かに“あの男”の面影を宿している。


特にレイは、じっとジュンを見返していた。


淡々としたその表情の奥に、冷えた湖面のような深さがある。


物心ついたころから、「父に似ている」と言われ続けた。

けれど、レイ自身はその父の顔を知らない。


ジュンのその視線にも、どこか無意識に反応してしまう。


――知らない誰かの目に、知らない父の姿を見出される違和感。


それは、よくある事だけど、慣れぬものだった。



ジュンは帰り際、そっと周囲を見渡した。


ユウの後ろに、静かに控えるシュリの姿がある。


その立ち姿を見て、ジュンはふっと口元を緩めた。


「シュリ。・・・また会おう」


戸惑いながらも、深々と頭を下げるシュリに、ジュンは満足げに頷き、ソリへと乗り込んだ。


ノルド城を離れたジュンの一行は、まだ雪の残る道を静かに進んでいく。


風は冷たいが、空には春の兆しがほんのりと漂っていた。


しばらくの沈黙の後、家臣のマサが身体を寄せる。


「ジュン様。・・・心中、いかがですか」


ジュンはソリの上で小さく息を吐き、前を見据えたまま呟いた。


「・・・ゴロク殿は、止まらぬな」


「はい。シリ様も、深く覚悟をお決めのようでした」


「反対したとして・・・いずれ争いは始まってしまう」


曇天の向こうを見つめながら、ジュンはぽつりとこぼす。


ーー争いを止めようとした。


助言はしたが、自分の行ったことは無駄だったかもしれない。


シリの姿を思い出す。


「美しいお方だ。けれど、その心の奥底には、戦士の剣がある。だからこそ、人は惹かれる」


そして、もう一つの声で言葉を継いだ。


「情に生きる者は、美しい。・・・だが、それゆえに、よく散る」


マサは沈黙のまま頷いた。


「子たちも皆、美しい顔立ちだ。・・・父親のグユウ殿も、見目麗しい男だったな」


そう言いながら、ジュンはふとユウの顔を思い出す。


あの瞳――何かに似ている。


誰かを、思い出しそうになる。


「・・・そうか」


ジュンはわずかに息を呑む。


ーーあの眼差しは、見た者の胸に刃のように残る。


強すぎる光。鋭すぎる意志。


それに惹かれた者は、皆どこか壊れていった。


――ゼンシ様だ。


ユウの中に、確かに彼がいる。


「どうされました?」


マサの問いに、ジュンはぽつりと呟いた。


「ゼンシ様だ。・・・ユウ様の瞳は、あのお方と同じだ」


「・・・ゼンシ様?」


マサが驚いたように目を見開く。


「間違いない。あれはゼンシ様の目だ。・・・あの、狂気と誇りをはらんだ眼差しだ」


ジュンの声には、うっすらと冷たい戦慄がにじんでいた。


「母のシリ様よりも・・・遥かに苛烈だ」


しばらく沈黙の後に、言葉が出る。


「あの姫様は、いつか多くの男を狂わせる」


それは、予言のような呟きだった。


しばしの沈黙が流れたのち、ジュンは前を向き直す。


「・・・他領のことに、気を取られてはならぬな。

我らは、この国を繋ぐために生きねばならぬ」


そう言い切ったジュンの言葉に、マサも静かに頷いた。


一陣の風が、雪を巻き上げて通り過ぎる。


その白の向こうに、まだ誰も知らぬ未来が、ぼんやりと霞んでいた。


そのときはまだ、ユウとジュンを結ぶ細い糸が、

未来の嵐へと繋がっていることに誰も気づいてはいなかった。

次回ーー明日の9時20分


婚礼の決断を迫られたユウ。

胸にある想いを告げられぬまま、怒りと涙があふれ出す――。


「選ばなければならない未来」


お陰様で11万1千PV突破しました↓

===================

この物語は続編です。前編はこちら ▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/

兄の命で政略結婚させられた姫・シリと、無愛想な夫・グユウ。

すれ違いから始まったふたりの関係は、やがて切なくも温かな愛へと変わっていく――

そんな物語です。

=================

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ