表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
168/267

君の決断に、俺は焦った

「惜しい。惜しいな、シュリ」


紅茶の香る午後の客間で、フレッドがふと漏らした。

それは、重臣としての器を持ちながら、

ユウの傍にとどまることを選んだ少年への、純粋な敬意だった。


今日は面会日。


フレッドとリオウの二人は、休暇になるたびにユウの元を訪れていた。

だが、今日のフレッドには、いつになく真剣な空気があった。


「シュリ、ここに座れ」


壁際に控えていたシュリに、フレッドが手を伸ばす。


「いえ・・・私は」


使用人である自分が、領主、重臣と同席するなど本来ならばあり得ない。


「いい。今日は“客”じゃなくて、“仲間”として話したいんだ」


そう言って屈託なく笑うフレッドの声に、シュリは少し戸惑いながらも頷いて腰を下ろす。


こうして、三人は同じテーブルを囲んだ。


まるで昔からの友人のように。


場を和ませ、明るい雰囲気を作る、フレッドは上手だった。


思った以上に楽しい空間に、ユウの心は少しだけ解ける。


テーブルには、焼きたてのスコーンと、フレッドが採ってきたチェッカーベリー。


「これ、好きだわ」


ユウが一粒口に運び、声を上げる。


その顔は、やわらかくほころんでいた。


フレッドは小さくため息をつくと、自分のスコーンにクロテッドクリームを塗りながら言う。


「・・・シュリ。俺は楽しみにしていたんだぞ」


淡々としたその声に、にわかに重みが宿る。


「お前と、このシズルを一緒に守ることを、だ」


シュリははっとして顔を上げ、すぐに視線を落とした。


「・・・期待に応えられず、申し訳ありません」


「お前の腕は良い。性格も冷静で、心もある。これ以上の適任はいないと思っていた」


淡く微笑んだまま、フレッドはまっすぐにシュリを見つめる。


「・・・気持ちは変わらないのか?」


「・・・はい」


「・・・残念だ」


ポツリと、フレッドが言う。


「え?」


「マナト殿の養子になって、重臣の道を選んでくれたら、俺は嬉しかった。けどな」


そこで言葉を切り、フレッドはカップを置いた。


「“姫のためにその道を捨てた”って聞いて、俺は心から納得した。お前の覚悟は、本物だ」


ユウが驚いたように顔を上げる。


「バカだとか、もったいないなんて、俺は思わない。自分の信じた道を選べる奴は、そう多くない」


シュリが目を見開く。


「・・・ありがとうございます」


その声は震えていた。


何かが、報われたような気がして。


フレッドはにやりと笑う。


「まあ、惜しいには惜しいけどな。俺が重臣になったら、お前と張り合うつもりでいた」


それには、シュリもわずかに笑みを浮かべた。


ユウは黙って2人のやり取りを見つめていた。


自分のために道を捨てたシュリ。

それを潔く認めるフレッド。


そして今、同じ空間にいるこの奇妙な三角の距離。


けれど、今は――心地よかった。


三人は穏やかに、楽しい時間を過ごしていた。

時は過ぎ、陽が傾く。


「そろそろ帰るか」

名残惜しそうにフレッドが立ち上がる。


「ユウ様、庭までよろしいか?」

「・・・ええ」


ユウが頷くと、フレッドは振り返って言った。


「シュリ、少しだけ待機していてくれ」


頷くシュリの前で、二人は中庭へと歩み出る。



季節は二月の終わり。

日陰には雪が残りながらも、地面が少しずつ顔を出し始めていた。


「春は近いな」

フレッドがつぶやく。


「そう思っても、また雪が降るのよ」

ユウは不満げに答える。


「一気に春になってほしいのに」


その言葉に、フレッドは静かに笑った。


「この土地は、急には春にならない。降ったり晴れたりを繰り返して・・・それでようやく、春になるんだ」


その穏やかな横顔に、ユウは少し目を細めた。


「ユウ様も、いつか婿をとって領主になるのだろ? ・・・そういうものさ。この土地は」


フレッドの言葉がふと遠くを見るように響く。


そして、不意に声のトーンが変わった。


「リオウからのプロポーズ、受けたんだろ?」


「・・・どうしてそれを」


驚くユウに、フレッドは肩をすくめる。


「中庭で跪いたら誰でも気づく。冬は暇だからな、皆、噂話ばかりだ」


ユウは恥ずかしそうに目を逸らす。


「・・・それで、返事は」


その声は、どこか掠れていた。


「分からないの。自分の気持ちが・・・結婚なんて、まだ考えられない」


その答えに、フレッドはしばらく黙ったあと、ぽつりと呟いた。


「・・・焦ったよ。俺は」


「焦った?」


「俺はずっと、与えられたものを受け取るだけで生きてきた。

嫌いな人はいない。誰とでも上手く付き合える。

縁談が来たら、迷わず受けるつもりだった」


ユウは黙って聞いていた。


「けれど、リオウがプロポーズして、シュリが自分の道を選ぶ姿を見て・・・

俺は逃げていたんだって思った。自分で決めることから」


まっすぐな視線が、ユウに向けられる。


その手が、そっとユウの手を取った。


強く握りしめられて、ユウは小さく震える。


「俺は、あなたが好きだ。妻になってほしい」


その目のふちが赤く染まっていた。


唐突な告白に、ユウは目を丸くする。


「と・・・唐突すぎるわ」

思わず吹き出してしまう。


「・・・仕方ないじゃないか」


フレッドは顔を赤らめ、目を逸らした。


「自分の気持ちに気づいたのは・・・ほんの最近だ」


けれど、その笑みを見たとき。


フレッドはそっとユウの髪に触れた。


「・・・その笑顔が見たかった。心からの、あなたの笑顔を」


ユウは小さく目を見開いた。


そのまっすぐな思いに、息を呑む。


「そんな顔で見ないでくれよ」

フレッドが視線を外す。


「返事は・・・いつでもいい。気長に待つ」


背を向けて歩き出したフレッドの背中に、ユウは少しだけ目を細めた。


ーーどうして・・・この言葉が、こんなに心に残るんだろう。


惹かれているわけじゃない。


けれど、まっすぐに向けられた思いが、どこか痛かった。



次回ーー本日の20時20分


リオウが差し出した白い花は、ユウの心を揺らすことができなかった。

けれど、その想いを拒むこともできず――。

迫るフレッドからの誘い、姉妹の問いかけ、母の残した“落とし穴”。

誰を選び、どの道を歩むのか。

ユウの胸の奥に芽生えた小さな決意が、次の一歩を導いて


「恋に追いつけず」


お陰様で11万PV突破しました↓

===================

この物語は続編です。前編はこちら ▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/

兄の命で政略結婚させられた姫・シリと、無愛想な夫・グユウ。

すれ違いから始まったふたりの関係は、やがて切なくも温かな愛へと変わっていく――

そんな物語です。

=================

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ