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選べるということは、残酷だ

翌日の朝、城の廊下で、シュリは偶然ヨシノと出会った。


「母さん・・・」


思わず声を漏らすと、ヨシノがふわりと振り返った。


日頃は乳母の顔をしている彼女も、今はやさしい母の目をしていた。


「シュリ、元気にしてる?」


「うん。マナト殿には、よくしてもらってるよ」


「それは良かったわ」


ヨシノは、柔らかく目を細めた。


けれど、その笑みにも、どこか探るような色が混じっていた。


「・・・ユウ様は、元気ですか?」


同じ城にいるのに、なぜか逢えない。

逢わせてもらえないような気さえしていた。


「元気よ」


即答だったが、その声にはかすかに緊張がにじんでいた。


それを聞いて、シュリの胸が少しだけざわついた。


「・・・まだ、決めてないの?」


ヨシノが、少し顔を傾けて、覗き込むように訊く。


迷っているのが、顔に出ていたのだろう。


「・・・はい」


シュリは視線を伏せて答えた。


明後日に、シリの部屋に行き、今後について話すことになっている。


マナトの養子になり、重臣になるのか、

乳母子のままでいるのか。


その決断を、シリに伝えなくていけない。


ヨシノはふっと小さくため息をつき、そしてやさしく言った。


「どうしたいの?」


「わからない。選ぶことに慣れてない。

生まれた時から・・・乳母子だったから」


「そうね。選べるって贅沢よね」

ヨシノはそっと答える。


「シュリは・・・誰のために、その決断を迷っているの?」


シュリは言葉を失った。


ヨシノの問いは、やさしかったけれど、鋭かった。

まるで、心の奥に手を差し入れてくるような問いかけだった。


しばらくの沈黙のあと、シュリはようやく口を開いた。


「・・・自分のためだと思ってた。でも・・・」


「それが答えなんじゃないかしら」


ヨシノの声は静かだった。

咎めるでも、導くでもなく、ただ受け止めるように。


その言葉が、ゆっくりと胸に沁みていく。


シュリは顔を上げて、母の瞳を見つめた。


「・・・ありがとう、母さん」


「あなたの決めることなら、私は何だって応援するわ」


そう言って、ヨシノは微笑んだ。

今度こそ、本当にあたたかな笑みだった。


そして、その背を見送ったシュリの胸には、

小さな灯がともっていた。



少し経ってからーー


稽古場から、剣のぶつかる音がかすかに聞こえた。


ユウは立ち止まり、ゆっくりと振り返った。


「・・・また来てしまった」

誰に言うでもなく、そう呟いた。


廊下の隅に立ち、柱の陰から中を覗く。


そこにいるのは、いつものように剣を振るシュリの姿だった。


ーーわずか数日しか顔を見ていないのに、こんなにも寂しいなんて。


ユウは、稽古場の隅に立ち、ひっそりとその姿を見つめていた。


剣を握り、黙々と稽古に打ち込むシュリ。


自分が知らない顔で、知らない距離にいる気がして、胸がひどくざわついた。


――恋しい。


その感情が、静かに胸を締めつける。


ーー何をしてるの、私。


そう思っても、足は動かなかった。


彼女は、隠れて何かをするのが苦手な娘だった。


金の髪は日差しを受けて輝き、姿勢も良いから目立つ。


気づけば、数人の視線がユウに向けられていた。


その気配に、ユウは小さく息をのんで身を引く。


そっと背を向け、足音を忍ばせてその場を離れようとした――


その時だった。


「ユウ様」


その名を呼ぶ声が、背中から届いた。


いち早く稽古を終えたリオウだった。


剣を収め、汗を拭きながら、まっすぐこちらを見ている。


その目は、どこか優しくて、どこか真剣だった。


リオウは、ユウをじっと見つめた。


その金の髪が風に揺れ、青い瞳がかすかに揺れている。


いつもなら、すぐそばに控えているはずの少年の姿が、今日はない。


――シュリがいない。


そう思ったとき、リオウの中に、ひとつの確信が芽生えた。


ーー今しかない。


ユウの隣には、常にあの少年がいた。


まるで見張るように、寄り添うように、どんなときもその目はユウに注がれていた。


けれど今は違う。


ユウはひとりだ。


誰にも見られずに、誰にも遮られずに、彼女と向き合える。


それが、たった数分でも。


リオウは静かに歩み寄る。


紳士的な距離を保ちながら、しかし、彼の瞳には揺るがぬ意志が宿っていた。


ーー距離を、詰める。今、この瞬間に。


心に決めて、リオウはユウの名を再び呼んだ。


「ユウ様」


やさしい声だったが、その芯には確かな決意があった。

次回ーー本日の20時20分


稽古場の片隅で、ユウはただ一人、シュリの姿を見つめていた。

そこへリオウが近づき、距離を詰める。

遮るように割って入ったシュリは、彼女を守ろうとするが――

ユウは「重臣として生きろ」と突き放す。

同じ頃、シリの元に届く一通の手紙。

その言葉が、彼女を決断の席へと導いていく。


「君の剣は、私のものではない」


お陰様で11万PV突破しました↓

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この物語は続編です。前編はこちら ▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/

兄の命で政略結婚させられた姫・シリと、無愛想な夫・グユウ。

すれ違いから始まったふたりの関係は、やがて切なくも温かな愛へと変わっていく――

そんな物語です。

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