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お守りの終わり

部屋に残されたシリ、マナト、ヨシノ、そしてエマには、重い沈黙が流れていた。


「一体・・・」

マナトが口を開いた。


その顔には、「なぜ乳母たちは、泣いて飛び出したユウを追わないのか」という疑問がにじんでいる。


「ユウは、感情が乱れやすいの」

シリは、ぽつりと答えた。


「乱れる・・・?」


「抑えきれない感情を抱えた時、あの子は爆発してしまうの。そして、発散しない限り、落ち着かない」


シリのまぶたの裏には、亡き兄――ゼンシの面影がよぎった。


「・・・乱れたユウの気持ちを鎮められるのは、シュリだけ。

私たちは、そうやって十四年近くを過ごしてきた」


静かに、そう呟くと、シリは手元のティーカップを受け皿に戻した。


「でも、それも――もう終わりにしましょう」


少しの間を置いてから、シリはマナトに向き直る。


「マナト。一週間ほど、シュリを自宅で預かってもらえないかしら」


「もちろんです」


マナトは即座に頷く。


「シュリは、乳母子の世界しか知らない。

重臣の子息たちがどんな暮らしをしているのか。

それを実際に見て、経験して・・・それから、どんな道を選ぶかを、彼自身に決めさせたいの」


「承知しました」


マナトは深く頭を下げた。


「この件は、私の口から、シュリとユウに説明いたします」


ーーこうして、シュリはマナトの館に向かうことになった。


ふたりは、生まれて初めて離れ離れの生活を送ることになる。


これまでは、朝目を覚ましてから、夜まどろむその時まで。

ユウの隣には、いつだってシュリがいた。


それが、当たり前だった。


だが、その日常は、静かに崩れていった。


ユウの笑顔は日に日に消えていき、食卓に座っても、フォークをほとんど持たない日が続いた。


「・・・ご馳走様」


それだけ言って、ほとんど手をつけずに立ち上がるユウを、ヨシノとエマはただ黙って見守っていた。


ーー寂しい。

そう言いたくても、言えなかった。


その代わりに、ユウは以前にも増して口数が少なくなり、近寄りがたい空気をまとうようになっていた。


「・・・危険な兆候です」


エマがそっと、シリに耳打ちする。


「仕方ないわ」

シリは静かに返した。


「シュリがいなくても、ユウを支える体制を整えましょう」



朝稽古の時間になると、ユウはそっと稽古場の方へ目を向けるようになった。


その視線の先には、剣を交える少年たちの姿。


リオウ、フレッド、そしてシュリ。


汗を飛ばし、激しい間合いで打ち合う彼らを見て、ユウはハッと息を呑んだ。


ーーシュリは、いつの間にか強くなっていた。


それは才能なんかじゃない。

幼い頃から地道に積み重ねてきた努力の結晶。


そして今、彼は自分のもとを離れ、新しい世界へと足を踏み出そうとしている。


ーーシュリは、私と離れて・・・幸せなのかもしれない。


そう思うと、胸の奥がきゅっと締めつけられた。



稽古の合間、水を含むシュリに、フレッドが声をかけた。


「マナト殿の養子になる話が出てるんだって?」


屈託のない、明るい笑顔だった。


「シュリ、お前は腕が良い。俺と一緒に、シズル領を支えようぜ」


その瞳はまっすぐで、迷いがなかった。


「・・・まだ、決めかねています」


シュリがそう答えると、フレッドは首をかしげた。


「なんでだ? 領主と共にこの領地を支え、育てる。俺はいい仕事だと思う。一緒に頑張ろう」


押しつけがましくない、ただ純粋な期待。

その笑顔を前にして、シュリは控えめにうなずいた。



稽古後、汗を拭いていると、フィルが近づいてきた。


「シュリ君、重臣の養子になるの?」


「・・・まだ、決めていません」


「まさか、迷ってるの?」


あっけらかんとしたその問いに、シュリは目を伏せる。


「何を迷うの? 乳母子よりも重臣の方が、圧倒的にいいに決まってるじゃない」


呆れたようなフィルの声が、無言のシュリの背に突き刺さる。


「まさか、あの姫が反対してるの?」


「そんなことは・・・ありません」


「だったら、なぜ迷うの?」


フィルは一歩踏み込む。


「姫の独占欲で、あなたの人生を縛るのはおかしいわ」


フィルは止まらない。


「もういい加減、お守り役は卒業したら?」


沈黙するシュリに、さらに言葉を投げかける。


「あの姫だって、いずれ誰かと結婚するのよ。・・・諦めなさい」


静かな声だったが、その言葉は鋭かった。


それを聞いたフィル自身も、ふっと目を伏せる。


「・・・決めなくてはいけないな」


シュリは、自分に言い聞かせるように、小さく呟いた。


胸の中に渦巻く迷いと、向き合う時が来ていた。



次回ーー本日の20時20分 


シュリはマナトの館で重臣としての学びを始め、知らなかった世界に触れていく。

一方、城に残されたユウは、日常から彼が消えた喪失感に沈み、表情を失っていく。

マナトの胸にある「守れなかった者」への悔恨、シュリの胸にある「守りたい人」への想い、そしてユウの中で膨らむ空白――。

三人の想いが、見えない糸で静かに結ばれていく。


『忘れられない人』


お陰様で11万PV突破しました↓

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この物語は続編です。前編はこちら ▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/

兄の命で政略結婚させられた姫・シリと、無愛想な夫・グユウ。

すれ違いから始まったふたりの関係は、やがて切なくも温かな愛へと変わっていく――

そんな物語です。

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