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あなたの瞳が欲しい

手を繋ぎ、踊るユウを見て、シュリは恍惚とした表情を浮かべていた。


その様子を、リオウは苦々しげに見つめていた。


ーー眼中にないはずだった。


けれど、どうしても視線が吸い寄せられてしまう。


この前、ゴロクから言われた。


ユウ姫の伴侶の候補に選ばれていると。


もう一人は、重臣の息子フレッド。


使用人の乳母子――シュリは、そのレールから外された存在のはずなのに。


それなのに、目が奪われてしまう。


笑っているユウの顔。


その顔を、あんなにも嬉しそうに見つめているシュリの目。


――あの眼差しを、自分は一度も向けられたことがない。


その事実を、直感的に悟ってしまった。


ーー使用人を、恋のライバルとして見るなんて。


視線をそらし、ふとフレッドの方を見ると、彼もまた目を細めて二人を見守っていた。


ーーあいつも、気づいている。


そう思った瞬間、リオウは息をふっと吐いた。


その時に、部屋の片隅にウイが座っていることに気づいた。


「ウイ様、どうされました?」


思わず声をかける。


「・・・ううん、何でもないわ」


ウイはわずかに微笑んで、首を振った。


「踊らないのですか?」


「私は・・・踊りが苦手で」


俯いて答えながら、ふと、ほんとうはリオウとなら踊ってみたい、と思う自分に気づく。


そんな思いで顔を上げると――

彼の視線は、姉・ユウを見つめていた。


リオウの視線の先を追いながら、ウイはそっと手を握りしめた。


あの場所に、自分は永遠に届かないと、知っていた。


胸の奥が、ぎゅっと縮まるような痛みを覚える。


ちょうどそのとき、音楽が終わり、輪が崩れた。


「失礼」


そう告げて、リオウはユウの元へと足を進める。


同時に、フレッドも動いた。


「あの二人・・・」


ユウは目の端で、二人が自分に向かってくるのを察した。


一緒に踊ろうと誘うはずだ。


「シュリ、行きましょう」


とっさにシュリの手を取り、人混みの中へと飛び込む。


リオウもフレッドも、ユウの金色の髪を目印に追おうとするが――

ユウは身をかがめ、シュリと共に会場の隅へたどり着いた。


長いえんじ色のカーテンが目に入る。


「シュリ、こっち!」


手を引いて、二人でカーテンの中にすっぽりと身を隠す。


「・・・これで、あの二人から逃げられたわね」


ユウは、いたずらっ子のような笑顔を浮かべた。


シュリは、その顔をまともに見られずにいる。


「昔、よくこうして隠れたわね」


幼い頃、シンと遊んだかくれんぼ。

ゼンシの密談を盗み聞きした夜。

何度も、こうして二人きりで時間を過ごした。


ユウが思い出し笑いを浮かべようとした瞬間――


シュリが、ユウの口をそっと手で塞いだ。


その目は外を見ていた。


リオウとフレッドが、二人を探している。


急に、手に触れた唇の感触が意識される。


――近い。


ユウと顔が、こんなにも近い。


シュリは目を合わせまいとする。


二人が遠くへ去っていくのを見届けてから、ようやく手を離す。


掌に残る柔らかな感触。唇のぬくもり。


「シュリ」


ユウが囁く。


「・・・なんでしょうか」


「どうして、私と目を合わせてくれないの?」


「それは・・・」


ーー言えない。


目を合わせたら、抑えきれなくなる。


触れたい、近づきたい、抱きしめたい――そんな想いが溢れ出してしまうから。


「そんなことありません」


目を伏せて答える。


「嘘。見てくれないわ」


ユウは静かに詰め寄るように言う。


「シュリ、こっちを見て」


ゆっくりと顔を上げると、すぐ目の前に、美しい青い瞳があった。


その瞳に、想いが溢れそうになる。


シュリは、唇を噛んだ。


「・・・私のことが、嫌いなの?」


ユウの声が揺れた。


「そんなこと、ありません」


掠れた声で答える。


――好きだ。誰よりも、ずっと前から。


けれど、それを口にすることはできない。


ユウは真っ直ぐに見つめたまま、半歩だけ近寄った。


シュリは動けない。


心まで、凍りついたかのように。


その時――


ふいに、酔った馬丁がカーテン越しに二人にぶつかった。


「きゃっ・・・」


ユウの身体が傾いた瞬間、シュリは反射的にその腰を支えた。


その拍子に、彼女の唇がシュリの頬に、そっと、触れてしまった。


頬に触れた瞬間、ユウの髪の香りがふわりと鼻をかすめた。


息を呑む音だけが、ふたりの世界を切り取った。


ほんの一瞬。


けれど、世界が止まったかのような永さだった。



ユウの瞳が、驚きに揺れる。


シュリは、息を呑んだまま、動けなかった。


「ご、ごめんなさい・・・!」


ユウが身を引いた瞬間、シュリの頬がゆっくりと赤く染まっていく。


「・・・お怪我は?」


声は震えていた。


触れたのは頬だった。

それなのに、心臓が耳の奥で波打つ。


「平気よ。・・・シュリは?」


ユウは目を逸らしながら、顔を赤らめる。


――あの距離は、二人だけのものだった。


その想いが、胸の奥に、そっと、焼きついた。


「・・・大丈夫です」


頬が、燃えるように熱い。


シュリは目を伏せ、長い睫毛が震えた。


「・・・そろそろ、戻りましょう」


二人はゆっくりと、再び人の輪へ戻っていった――


「こんな夜が、ずっと続けばいいのに」


誰かが、ぽつりと呟いた。


城の外はまだ雪が降り続けていたが、大広間には人の笑い声とぬくもりが満ちていた。


「これが・・・結束を深めることですか」

ゴロクがシリに話す。


薄い青いドレスに身を包んだシリは微笑む。


その姿は、とても美しかった。


「そうです。私の父の教えです。皆で美味しいものを食べれば、

結束力が高まり、領が強化される。・・・私もそう思います」


ゴロクは頷きながら話した。


「今後、取り入れたい」


戦が迫る現実の中で、ほんのひととき、皆が心を寄せ合う――そんな、豊かな祝宴の夜だった。

次回ーー明日の9時20分


笑う母、見つめる妹、慕われる彼――

誰にも言えない想いを、ユウは干し肉に込めて裂いていた。

そして、扉の向こうから届いたのは、母の静かな声――。


次回 誰にも言えない恋と、戦の準備


母シリとグユウの話 11万PV突破しました

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この物語は続編です。前編はこちら ▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/


兄の命で政略結婚させられた姫・シリと、無愛想な夫・グユウ。

すれ違いから始まったふたりの関係は、やがて切なくも温かな愛へと変わっていく――

そんな物語です。

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