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子を持たぬという選択

「大事な話がある」


つぶやいたゴロクの声は低く、けれど決意が滲んでいた。


「どうぞ、座って」

シリが椅子を勧めると、ゴロクはゆっくりと腰を下ろす。

エマは黙ってシリの背後に立ったままだ。


ゴロクは一呼吸置いて、シリをまっすぐに見つめた。

「この冬、ずっと考えていたことがある」


「・・・何でしょう」


「子を諦めることにした」


「・・・えっ」


シリが持っていたカップを、そっと机に戻す。


震える指先を見せまいと、両手を膝の上に重ねた。


「ゴロク・・・どうして」


それは、ただの夫婦の問題ではない。

領主が子を持たぬと宣言することは、シズル領、クニ家の血が絶えるという意味だ。


「・・・私は、子を持てぬ身なのだ」

ゴロクは静かに俯いた。


「昔、妻もいた。妾もたくさん・・・シリ様とも・・・。

それでも、一度も恵まれなかった。――原因は、私にある」


「・・・私も、もう年齢が・・・」


「違う。わかっているのだ」


声を張らず、けれど強く首を振るゴロクに、シリはそれ以上の言葉を返せなかった。


「・・・私のような者が、まだ子を望もうとすることは、傲慢なのかもしれぬ。

だが、正直・・・何度も迷った。男の誇りだの、家の名だの、捨てきれずに・・・」


その言葉に、シリの胸がひりついた。


「それでも、やっと決めたのだ。できぬ子を誰かに強いてまで、跡継ぎを残す意味はない。

それならば、未来を託せる者を探した方が良い」


「・・・それで、今後のシズル領は・・・?」


「ユウ様に婿をとってもらおうと考えている」


「・・・ユウに」


「そうだ。あの姫には、人を惹きつける力がある。

届いた手紙の数を見ればわかる。領主の器がある。そして――」


一拍置いて、ゴロクは言葉を噛みしめるように続けた。


「――ゼンシ様に、よく似ている」


その言葉に、シリの心が揺れる。


ーー似ていて当然だ。実の娘なのだから。


けれど、それを知るのは自分とエマだけ。

これからも、誰にも知らせるつもりはない。


「他の領から婿を迎えることも考えた。打診すれば、喜んで差し出す家は多いだろう。だが・・・」

ゴロクの目が細められる。


「私は、フレッドかリオウにするべきだと考えている」


「・・・それは、なぜ?」


「シリ様の連れ子だからこそ、家臣の間に微かな反発があるかもしれぬ。

だからこそ、結束を強めるために、領内から選ぶ必要がある」


「・・・なるほど」


「フレッドは重臣ジャックの息子。若いが統率力もある。

リオウは家臣のひとり、だが血筋は確か。コク家の末裔だ」


シリは小さく頷いた。


「どちらにするかは・・・争いが終わってから考えよう。

それまでは、ジャックとリオウ、そしてユウ様にも、それとなく話しておくつもりだ」


「・・・ええ。わかりました」


そこまで話して、シリはふと視線を伏せた。


「・・・ゴロク。それで、本当にいいのですか?」


ゴロクは小さく笑った。


「構わぬ。シリ様のお子ならば、わしの子も同じだ。・・・いや、それ以上かもしれん」


その言葉が、胸に突き刺さる。


静かな部屋に、時折、薪のはぜる音だけが響いていた。


「・・・ありがとうございます」


シリの声は、かすかに震えていた。


「聡明で、美しく、気の強い姫。まるで・・・シリ様の若い頃を見ているようだ」

そう言って、ゴロクは優しく微笑んだ。


その笑みに、シリはほんの少し口元を緩めた。

けれど、そのまま目を伏せて、ぽつりと問いかける。


「・・・それで、妾たちはどうしますか?」


静かな問いかけに、エマの指先がぴくりと揺れた。


窓の外では、雪が静かに降り続いていた。


次回ーー明日の9時20分 第5章の終わり 


忘れたいのに、忘れられない。

許されぬ想いを胸に、シリは女として、妃として最後の冬を生きる。

――春、その扉が開くとき、何かが終わり、何かが始まる。


「あの人を想いながら、この人と生きる」


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この物語は続編です。前編はこちら ▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/


おかげさまで累計10万9千PV突破!

兄の命で政略結婚させられた姫・シリと、無愛想な夫・グユウ。

すれ違いから始まったふたりの関係は、やがて切なくも温かな愛へと変わっていく――

そんな物語です。

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