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新城と妄執と、シリの部屋


ワスト領 レーク城


「まだ雪は降るのか!」

キヨが呆れたように窓の外を眺める。


一面の銀世界。

レーク城はすっぽり雪に埋もれている。


「わしはこの城が嫌いじゃ。古くて、陰気だ。冬になれば雪に閉じ込められる」

キヨは嘆く。


「兄者・・・。そのようなことを言わなくても」

弟のエルは苦笑いをしながらも、暖炉の前から離れない。


隙間風がすごいので、城の中にいても寒い。


「ほら!見てみろ」

キヨは窓の外を指で示す。


「何があるのですか?」

エルはガラス越しに窓の外を眺める。


「あの灰色の雲!見るだけで寒気がする!」


「・・・そうですね」

エルは苦笑した。


「毎日、雪が降って空は灰色。こんな環境に身を置いたら、あの男のように暗くなってしまう」

あの男・・・シリの夫だったグユウのことだ。

キヨは書斎の椅子に面白くなさそうに座った。


エルは黙って話を聞いていた。


「なので、新たに城を作ることにした」

キヨは羊皮紙を広げる。


突然、机の上に出された羊皮紙にエルは目を丸くした。


城の設計図が描かれている。


これをキヨが一人で行ったことに驚く。


「変わった城の構造ですね」

設計図を見た後に、エルは感想をこぼした。


「あぁ。これからゼンシ様が国王になるだろう。

今までのような争いのための城を作るのではない。城下町を栄えるための城だ」

キヨは貧弱な顎を撫でながら話す。


「どこに城を建てるのですか」


「ロク湖の周辺だ。あの辺を埋め立てる。

城内に水門を作り、直に船の出入りをするようにするのだ。ミヤビに行くにも便利だ」

キヨが指を指しながら説明する。


「なるほど。なるほど」

エルは、うなずく。


その計画には現実味があった。

弟ながら、キヨの商才には感心する。


しかし、城の建設には費用がかかる。


「材木などはどうしましょうか」


「この城に使われている材木は良いものだ。この城を壊して使おう」

キヨはシレッと話す。


「なるほど」

エルはそう言いながら、羊皮紙をめくった。

2枚目は城の間取りが詳細に書いてある。


「兄者、これはなんですか」

エルが眉をひそめ、部屋の間取りを指で示した。


「見てわからぬか。妾たちの部屋だ」

キヨはニヤリと笑う。



「こんなにたくさん!? 兄上、どれだけ妾を――」


「足りないくらいだ」


エルは思わず天を仰いだ。


「兄者、グユウ様は妾を持たず、シリ様一筋でしたよ」


「暗い男だから女に縁がなかっただけだ」



「何ですか、この部屋は!!やたらと広い部屋があります。ミミ様の部屋ですか?」

エルはマジマジと設計図を覗き込む。


「そこは妾専用の階だ。第一夫人と妾を一緒の階にするわけにはいかない」


「だったら・・・この部屋は?ミミ夫人の部屋よりも広いですよ!!」

エルは驚いて顔を上げる。


「当然だ。この部屋はシリ様の部屋になる」

キヨは薄い頭を撫でつけた。


「はぁ?!」

素っ頓狂な声が出てしまった。


「シリ様の部屋は、広くて豪華にしなくてはいけない」

キヨは立ち上がって鏡を覗きこむ。

どの角度から見れば、自分がより良く見えるのか模索していた。


模索したところで、痩せて貧弱な身体、頬はこけ、目だけはギョロギョロと大きい。


「兄者・・・。この事はシリ様はご存知ですか」

答えはわかっているのに、エルは質問をしてしまった。


「もちろん、知らない」

エルは鏡を覗き込んだままだ。


「そうでしょうね」

エルの声は弱々しかった。


あのシリがキヨに嫁ぐはずもない。

つい最近、行われた祝勝会だって、シリはものすごい目でキヨを睨みつけていた。


あの目はマズイ。

本気で怒っているのだ。


それなのに、キヨは新しく作る城にシリが住む部屋を用意している。


正気の沙汰ではない。


「いずれ、シリ様を迎えるのだ。準備はするに越したことがない」

シリは嬉々として話した。


「はぁ」


「そうなると・・・シリ様のお子様達の部屋も作らねばならないな!」

鼻息荒く語る兄を見て、エルは思った。


――正気か?


だが、キヨの目は本気だった。

狂気と妄執を燃やしながら、彼はすでに“理想の未来”に生きていた。


――シリが、あの広間の奥の部屋に住む日が来る。


そう信じて疑っていないその姿に、エルは背筋を凍らせた。


次回ーー


夫グユウが遺したものは、子どもたちと小さな木像――

そう思っていたシリのもとに、思いがけぬ“もう一つの遺産”が届く。

封を切った瞬間、涙とともに胸に広がったのは、彼の不変の愛だった


「生き抜くために」


◇登場人物◇


キヨ

ワスト領の現領主。

シリへの執着から、新城に“シリ専用の部屋”を設計する。

狂気と妄想の狭間で生きる男。


エル

キヨの弟。理性的で冷静。

兄の暴走を止めようとするが、次第に恐怖を覚える。

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