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想うのは自由――使用人と姫をめぐる冬の稽古場

白い息が、何度も何度も吐き出される。


「・・・っ、はぁ・・・は、はぁ・・・」


まだ冷え切った空気の中、シュリは訓練場の隅で膝をついていた。


雪がじわじわと衣に染み込み、冷たいはずなのに、体の芯はまだ火照っていた。


フレッドとリオウ。


――年上のくせに、本気すぎるんだ。


木剣を杖にして、ようやく立ち上がろうとしたときだった。


「シュリ君、お疲れさま」


声に振り向くと、そこにはフィルが立っていた。


冬の朝陽を背に受け、微笑む彼女の顔はいつも通りふわりとしている。


でも、その目だけはどこか探るような光を宿していた。


「こんな朝早くから、頑張るのね。ふふ、使用人のくせに、偉いじゃない」


シュリは黙って目を伏せた。


「姫様の気持ちに応えたくて、あの二人、張り切ってるんでしょうね」


フィルは視線を稽古場の反対側へ向けた。


そこでは、フレッドとリオウがそれぞれ離れた場所で、無言で剣の手入れをしている。


手慣れた動きに、日々の積み重ねが見える。


「どちらが姫様の心を射止めるのかしら。ねぇ、シュリ君。城中の噂になってるのよ?」


返事はない。


ただ、雪の上に落ちる拳が、そっと握られていた。


シュリはくるりと踵を返し、ユウの部屋へと歩き出す。


その背に向けて、意地のように言葉を投げた。


「敵わないわよ、どんなに頑張っても」


足が止まった。


「相手は、元領主の息子と重臣の子息。あなたなんか、最初から――」


「・・・だから、どうした」


その声に、フィルは振り向いた。


真っ直ぐに自分を見つめるシュリの瞳があった。


「想うのは、自由だろ」


その一言が、まるで冬の空気に刺さるように響いた。


フィルは、思わず言葉を失った。


まっすぐで、揺るぎない。そのくせ、不器用で真剣な眼差し。


「・・・ふーん、言うじゃない」


とっさに軽く返したその瞬間、足が雪に取られた。


「あっ――」


シュリが反射的に手を伸ばし、フィルの細い身体を抱きとめる。


だが、その拍子に――


「――っ!」


フィルの胸の柔らかさが、思いがけずシュリの掌に当たる。


「うわっ・・・!」


気づけば、シュリの腕の中だった。


そして――


「――っ!」


胸に、柔らかな感触。


「あ、あんたっ・・・!」


フィルの頬が、瞬く間に真っ赤になる。


シュリもまた、驚きと焦りで身を離そうとする。


「わ、悪いっ!」


「ばっ、ばかっ・・・!」


バシンと、肩を叩く。


けれどその手に、本気の怒りはこもっていなかった。


二人の間に、妙な沈黙が落ちーー別れた。



廊下を一人歩くフィルの心は、乱れていた。


ーーなによ、あれ・・・


胸に残る感触と、さっきの眼差しが、何度も脳裏をよぎる。


ーーわざとじゃないって、分かってる・・・でも・・・


でも、否定しようとするたびに、思い出してしまう。


シュリが自分を支えたときの、腕の強さ。


触れたときの、一瞬の驚きと、すぐに離れようとした真面目さ。


ーー嫌じゃなかった。


その事実に、気づいてしまった。


いつものように見下して、軽口を叩けば済むと思っていた。


けれど、今日は違った。


あの目を見たとき、ぐらりと何かが揺れた。


ーー想うのは、自由。


その言葉が、なぜか胸に引っかかる。


ーー本気なの? あの姫のこと。


そう思った瞬間、自分のことなんて眼中にないんだ、とわかってしまった。


ーーばか。


足が止まる。


柱にもたれて、深く息をついた。


胸に手を当てると、鼓動がいつもより速い。


ーーおかしい・・・こんなの、おかしいってば。


けれど、どれだけ否定しても、あの手の温もりが残っている。


そして、あの真っ直ぐな目が忘れられない。


ーー嫌じゃ、なかった。


気づいてしまった。


自分が、あの“使用人”に――


心を、揺らされていることに。



雪と胸と、鈍い恋心。

フィルとシュリが、ちょっとだけ動いた朝でした。


そして、読者様も動いてくれたのか(!?)

ブクマ増えてました!感謝です!


次回ーー明日の9時20分更新  


姫の哀しみ、妾の嫉妬、少年の想い。

降り積もる雪の下で、心がすれ違う。


『羨ましさの名を借りた 私の毒』

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この物語は続編です。前編はこちら ▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/


おかげさまで累計10万9千PV突破!

兄の命で政略結婚させられた姫・シリと、無愛想な夫・グユウ。

すれ違いから始まったふたりの関係は、やがて切なくも温かな愛へと変わっていく――

そんな物語です。

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