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領主ではなく、男として

その年の冬は、例年よりも雪が深かった。


シリは、自室から白銀に染まった中庭を見下ろしていた。

雪の音すら吸い込むような静けさ。

城内は争いの準備で忙しい。

けれど、この雪では何もできない。


動けぬ兵、届かぬ声。

目の前の静寂が、いつしか「包囲」に変わっていることを、シリは肌で感じていた。


その夜、ゴロクがシリの部屋を訪れた。

表情は冴えない。


――何か、良くない知らせがあったに違いない。


ゴロクは小さなため息をつきながら椅子に腰を下ろす。


「読むがよい」

そう言って、シリに羊皮紙を手渡した。


手紙の主はシュドリー城の城主――マサシ、シリの甥だ。


「キヨが・・・シズルへの街道を封鎖しているの?」

シリの声は、怒りでわずかにうわずる。


「そうだ」

ゴロクはゆっくりと答えた。


シズル領へ行くには、ワスト領を通る必要がある。

そのワスト領が道を封鎖すれば、物流はたちまち滞る。


「そんなことをして、一体何を企んでいるの?」


「シズル領の孤立。それが目的だ」


「・・・そして、挑発ね。私たちに」

シリがそう口にすると、エマはお茶を淹れる手が震えた。


冬になると、シズル領は大雪で軍の移動が制限される。


一方、キヨは、ロク湖を船で移動すれば、比較的自由に動ける。


この地の利・季節の利を活かして、冬のうちに情報・同盟・明文を固めれば、

春には圧倒的有利に立てるはずだ。


「勝手に街道を封鎖するなんて、皆が許さないわよ」

シリは怒りのあまり、お茶に手をつけなかった。


「その辺もキヨは計算済みだ。冬の間、街道は雪で埋まる。

一時的な閉鎖だと、皆に説明しているらしい」


「・・・くっ」

シリは唇を強く噛みしめた。


以前、敵だった兄・ゼンシは、圧倒的な武力でシリを倒そうとした。


――だが、キヨは違う。


戦わずに、シリを滅ぼそうとしている。


「この手紙も、街道を使えなかったため遠回りで届けられた。

日付を見ると、半月も前のものだ」


「何か・・・何かできることはあるかしら」

シリの眼差しは、必死だった。


「・・・もう、十分だ。シリ様は、よく頑張っておられる」

ゴロクは、穏やかに頷いた。


――悔しい。

どうすれば――。


その時、ゴロクがシリを後ろから抱きしめた。


その光景を見たエマは、茶器を片付けることも忘れ、慌てて部屋から出ていった。


「ゴロク・・・?」

戸惑いながら呟くシリに、ゴロクは髪に顔を寄せる。


「今は何もできない。けれど、準備はしている。それで良いのだ」

ゴロクの声は静かで、ほんの少しだけ震えていた。


「・・・はい」

シリは、身を硬くした。


「シリ様・・・」

ゴロクの熱い吐息が、首筋にかかる。


「ゴロク・・・私の身体には、未来がないのです」

シリはまっすぐに前を見つめていた。


目の前には、亡き夫から贈られた木像がある。


「それでもいい」


「ゴロク、私を抱くよりも、若い妾を・・・」


「今は領主ではない。一人の男なのだ」

ゴロクは、腕の力を強めた。


「子を授かる行為ではない。一人の男として・・・シリ様を抱きたい。

それの何が悪い」


ゴロクの目は、真剣だった。


まっすぐなその眼差しに、シリは何も言えず、ゴロクの顔を見つめ返した。


「・・・よろしいですか」

その言い方には、いつもよりも強い意志がこもっていた。


返事を口にすることはできず、シリは目を伏せて頷いた。


ゴロクは黙って、シリを寝室に誘った。


この日のゴロクは、いつもより情熱的だった。

それを、シリは静かに、黙って受け入れた。


領主ではなく、一人の男。


雪が深々と降る夜―― 彼の腕の中で、シリはただ静かに目を閉じた。



ブックマークを頂きました。展開が遅いのに読んでくれてありがとうございます。

これを励みに一日2回更新を続けます。


次回ーー明日9時20分

雪の朝。

静けさの中に、まだ昨夜の温もりが残っている。


そして昼――

ひとつ鍋を囲む三人の距離が、静かに動き出す。


次回『雪の下、芽吹きの気配』

恋もまた、春に向かってゆく。


==========

この物語は続編です。前編はこちら ▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/


おかげさまで累計10万9千PV突破!

兄の命で政略結婚させられた姫・シリと、無愛想な夫・グユウ。

すれ違いから始まったふたりの関係は、やがて切なくも温かな愛へと変わっていく――

そんな物語です。

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