明るすぎる男 重すぎる想い
「疲れたわ・・・」
レイがふくらはぎをさすり、ソファにもたれかかる。
「ほんとにね」
ウイも肩を押さえながらうなずいた。
「でも、お休みがあって助かるわ」
ユウは本を抱えて、少し嬉しそうに笑っていた。
「姉上、それは?」
「図書室にあったの。軍事関連の書よ」
「・・・そっか。じゃあ、私は遠慮する」
ウイは苦笑いを浮かべて席を立った。
「面白いのに」
「ううん、大丈夫」
そんな姉妹のやりとりを、シュリが柔らかく見守っていたそのとき――
「ユウ様、今日は殿方との面談です!」
エマが勢いよく扉を開け、張り詰めた声で告げた。
「えっ、でも今日は休暇よ!」
ユウの声が上ずる。
「休暇だからこそ、です」
エマはぴしりと背を伸ばした。
「やだ、やだってば」
ユウが鼻に皺を寄せる。
「午前はフレッド様、午後はリオウ様です」
「フレッド・・・」
思わず天井を仰いで溜息をつくユウに、エマが即座に反応した。
「なにがご不満ですか! 重臣ジャック様のご長男。
健やかで立派な体格、未来のシズル領を担う騎士候補。非の打ち所がございません!」
エマの勢いに、レイはぽかんと口を開けて見つめていた。
「だって、あの人・・・」
ユウが口ごもる。
「なにか問題でも?」
エマが目を細める。
「明るすぎて、ちょっと苦手」
部屋に、静かな笑いが広がった。
「明るすぎて、ですか・・・。ユウ様、暗い方がお好きなのですね?」
「どちらかというと、そうかも」
「それは・・・変わったご趣味で・・・」
そう言いかけたエマの顔が、ふと固まった。
――グユウ様のことを、思い出してしまった。
寡黙で、真面目で、不器用。
その瞳には、いつも何かを秘めていた。
気を取り直して、エマは腕まくりをする。
「では、気立てが暗い方がお好みなら、午後のリオウ様がおすすめです」
「その二択しかないの!?」
ユウが肩をすくめる。
「春には、何十人もの殿方が城へ参られます。それまでに会話術を磨きましょう!」
「エマ、母上みたい」
ウイがぽつりと呟く。
「仕方ないわ。母上は・・・」
レイが続けかけた言葉を、
「頼りにならない」
エマがぽろりと零してしまった。
「え? 母上が?」
ウイが真顔になると、エマはごまかすように咳払いした。
「ヨシノ、客間の暖炉に火を」
「承知しました」
「でも、客間って・・・」
ユウが眉をひそめると、エマが勝ち誇ったように言う。
「回廊の下に椅子とテーブルを設け、簡易暖炉も設置済みです!」
「準備万端ね・・・」
ユウは呻くように呟いた。
外堀は、着々と埋められていた。
◇
時間になると、フレッドはすでに到着していた。
回廊の下、陽の届かない冷たい空間で、彼は満面の笑みを浮かべて立っていた。
「姫様! おはようございます!」
「・・・おはよう」
ユウは控えめに返す。
フレッドはシュリにまで声をかける。
「シュリもご苦労。今日は冷える。暖かい炉のそばにおいで」
「いえ・・・私はその・・・」
シュリが遠慮がちに答えると、
「身体を冷やすな。俺は気にしない」
そのまっすぐな笑顔に、ユウは目を細めた。
――やっぱり、苦手。
まぶしすぎて、圧が強すぎる。
裏がなさそうで、それがかえって、こわい。
ユウの顔が、わずかに引きつった。
「姫様も大変ですね」
「・・・え?」
答えるつもりはなかったのに、声が漏れる。
「興味がないの、よく伝わります」
にこやかに言い切る。
「・・・そんな」
「嘘がつけない姫様ですね」
フレッドが笑うと、空気がぱっと明るくなるようだった。
「俺も、父に命じられました。姫様と会ってこい、と」
ユウが顔を上げると、フレッドは目尻にしわを寄せて笑っていた。
「じゃあ・・・あなたも、本当は乗り気じゃないんじゃ?」
「俺は、毎回楽しみにしてますよ」
さらりと答える。
「え・・・」
「むさくるしい男ばかりの中で生活してるんです。
美しい女性と話せるのは、楽しいに決まってるでしょう。たとえ、こんなに寒くても」
明るい言葉に、シュリが思わず口を開ける。
たしかに、こんなふうに気さくで開けっぴろげな殿方は珍しい。
多くの男たちは、ユウの前に立つと緊張してモジモジしてしまうのに。
「三日後にも、また面談があるそうですね。できれば、次回は室内で話しませんか?」
ユウの表情が固まるのを見て、フレッドは笑いながら一言を添えた。
「シュリも一緒に」
「えっ? 私はお二人とは・・・立場が・・・」
しどろもどろになるシュリに、
「その方がいい。姫様は、シュリがいると落ち着くみたいだから。一緒に茶でも飲もう」
――シュリも一緒に。
その言葉に、ユウはわずかに表情を緩めた。
この人は、よく人を見ている。
「それに・・・」
フレッドは、ふと真顔になった。
「姫様が、あまり乗り気でないのは、よくわかります。
でも・・・俺は、気軽に笑って話せる時間を、大切にしたいと思ってます」
ユウが顔を上げると、彼の笑顔はどこか、寂しさを含んでいた。
「戦のことも、跡継ぎのことも、色々と先回りされる毎日だから。
少しでも、本音で話せる相手がいたら、救われる気がするんです」
「・・・あなたが?」
「ええ。俺だって、ただの“重臣の息子”なんですよ」
思いがけない言葉に、ユウの視線が揺れる。
「・・・それなら、次回は客間でいいわ」
「ありがとうございます!」
フレッドは満面の笑みで答えた。
「姫様、笑うとますますお綺麗です!」
――この人は、裏表がない。
ユウは、そう思った。
◇
回廊での面談を終えた後、ユウはそっと母の部屋を訪ねた。
「・・・母上、よろしいですか」
「どうぞ。――どうだったの?」
机に向かって書き物をしていたシリが、顔を上げる。
その横顔はいつものように静かで、けれど少し疲れていた。
「フレッドは、明るい方です。とても、まっすぐで」
「それで?」
シリは問いかけを重ねる。
母の目は、簡単にはごまかせない。
「・・・私は、ちょっと苦手かもしれません」
「理由は?」
「まっすぐすぎて、怖いんです。私がどう思ってるか、見透かされそうで」
シリはふっと笑った。
「それは、悪いことじゃないわ。あなたが隠し事が苦手なのも、昔からよ」
ユウは黙った。
「でもね――隠し通さなければならない時もあるの。姫として生きるなら、なおさら」
そう言って、シリは机の上の封筒を数枚、ユウの前に差し出した。
「春になれば、何十人もの殿方があなたを訪ねてくるわ。
今は、選ぶための時間。焦らなくてもいいわ」
「・・・本当に、選べるんですか。私が」
「選びなさい」
シリの声が、少しだけ強くなった。
「誰のためでもなく、あなた自身のために」
その言葉に、ユウの瞳がわずかに揺れる。
「母上は、選んだの?父上を」
「選ぶことは許されなかったの。兄の命令で嫁いだのよ。
一度も逢ったことがないのに、翌日は結婚式よ」
シリは苦笑いをして話す。
ユウは黙ってうなづいた。
ーーそれが姫の常識。
「ユウ、選べるって幸せなのよ。その件は、ゴロクに感謝しないと」
「・・・はい」
ユウは、そう返事をして帰ろうとした。
けれど、途中で足を止めた。
「母上、顔もみたことがない父上と・・・結婚して・・・幸せだったの?」
「ええ。もちろんよ」
シリは何歳も若返ったような表情をした。
その顔は、誰かを愛おしく想っている表情だった。
「結婚してから、恋に落ちたの。父上と」
シリは微笑んだ。
ーー結婚相手が想い人。羨ましい。
母の笑顔を見て、ユウは静かに思った。
――それは、誰にも言えない“憧れ”だった。
次回ーー明日の9時20分
「私も、殺したいの」
雪の中、交わされたのは恋の言葉ではなかった。
怒りと喪失が重なり、ふたりの距離は静かに縮まっていく。
次回、『静かすぎる男 言えなかった恋』
その手のぬくもりに、愛はなかった――それでも。
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この物語は続編です。前編はこちら ▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/
おかげさまで累計10万9千PV突破!
兄の命で政略結婚させられた姫・シリと、無愛想な夫・グユウ。
すれ違いから始まったふたりの関係は、やがて切なくも温かな愛へと変わっていく――
そんな物語です。
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