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争いの準備と、少女たちの距離

「わあ・・・」


早朝のノルド城、寒さが一段と増した朝、

窓の外を見たユウは目を見開いた。


夜のうちに降ったらしい。

中庭はすっかり白銀に染まっていた。


「こんなに積もるなんて・・・」


はしゃぐように靴音を立てるユウを、シュリはそっと見つめた。


「そうですね」


微笑んだシュリの頬に、ひとひらの雪が落ちた。


「シュリ、今日から争いの準備をするわ。・・・私にできることがあるかしら」

ユウは不安そうに自分の指を見つめる。


「何かしら・・・ありますよ」


「私はウイと違って縫い物はできないし・・・レイほど器用でもない。

そんな私に、使い道なんてあるのかしら」


朝食後、三姉妹はそれぞれシリが定めた配置場へ向かった。


厨房の隣にある食糧庫には、妾の一人ドーラが羊皮紙を見つめている。


「このくらいの・・・小麦粉の量で大丈夫かしら?」


その口元には自信のなさがにじんでいた。

そこに現れたシリに、ドーラは救いを求めるように声をかける。


「シリ様、小麦粉の量を見てもらえますか」


シリは紙を受け取り、顎に手をあてた。


「一冬は間に合う量だわ。ただ・・・春を考えると足りない。

この食糧庫の7割くらいを小麦粉で埋めたいの」


「・・・そんなに?」


「ええ。城下町が焼かれれば、領民たちは城に逃げ込む。

そのときに備えておかないと」


「でも、もう雪が・・・」


小麦粉の買い付けには厳しい季節だ。


「家臣にソリを出させましょう。農家に交渉して、小麦粉を集めるのよ。

いつもより高い金額を提示して」


シリは紙に数字を書き込む。


「これを手配すること、魚の燻製の在庫の確認・・・ドーラ、できる?」


「承知しました」


「あなたは賢い。頼りにしているわ」


ドーラの頬がわずかに紅潮する。


一階のリネン室横の部屋では、裁縫班がせわしなく動いていた。


レイは淡々と布を断ち、ウイと妾のプリシア、侍女達がシーツを縫っている。


「ウイ、そんなに丁寧にしなくて大丈夫よ」

シリが微笑む。


「・・・あ、はい」


緊急用の寝具に、繊細な手仕事は必要ない。


「ウイ様の針仕事、お人柄が出ていますね」


プリシアの言葉に、ウイはうれしそうに頬を染めた。


その穏やかな空気に、シリはわずかに安堵する。


「裁縫班は大丈夫そうね」


廊下を歩きながらシリがつぶやく。


「ええ・・・問題は・・・地下の」

エマが声をひそめる。


「そうね。軟膏班、手を焼きそうね」


地下室に足を踏み入れると、早速賑やかな声が飛び交っていた。

といっても、声を張っているのは二人だけ。


「母上!なぜ私が妾と一緒に作業をしないといけないの?」


「私が望んだわけではないわ」


ユウとフィルが火花を散らしている。

作業班の他の者たちは、遠巻きに二人の様子をうかがっていた。


「火力を上げないと、軟膏は作れないわよ」

シリがため息混じりに言い、薪をくべる。


慌ててヨシノが手を貸す。


ユウが怒りに任せて、器を棚に戻そうとして手を滑らせかけた。


そのとき、シュリがさっと手を伸ばし、器を支えた。


「・・・気をつけてください」


それだけ言って、練り作業に戻るシュリ。


ユウは一瞬、なにも言えなかった。


すぐに気を取り直して、シリに問いかける。


「母上!質問に答えてください!!」


その様子に、エマは心中でため息をついた。


――反対したのだ。水と油を同じ鍋に入れるようなものだと。


「ユウ。あなたは秀でた技術がない。だからこそ、軟膏班に入れたの」

シリは静かに言う。


フィルが勝ち誇ったように笑った。


「フィル、あなたの服装――軟膏作りに向いてないわ」

淡々と続けるシリの声に、フィルの顔が険しくなる。


「この服のどこがいけないっていうのよ!」


華美なドレスの裾は長く、胸元は大きく開いていた。


「火元でその裾は危険だし、熱い軟膏は肌を焼く。

その胸を火傷したら、大変でしょ」


ヨシノがシリに小声で耳打ちする。


「侍女の服を・・・・用意しておきました」


「侍女の!? そんな地味な服なんて!」


「はいはい」と流すシリの前で、数分後、フィルが不貞腐れた表情で戻ってきた。


紺のドレスに白いエプロン。


その姿は、驚くほど似合っていた。


「フィル、素敵よ」

シリが目を細める。


「・・・そうかしら」


「そのほうが、ゴロクも気にいると思うわ」

シリはサラッと話した。


フィルはシリをちらりと見て、何も言わず俯いた。


「さぁ、この班が一番遅れてるわ。急ぎましょう」


作業班を二手に分ける。


釜のそばで薬草を練る班にフィルとヨシノ。

完成品を容器に詰める班にユウとシュリ。


同じ空間にいながら、接点はできるだけ減らした。


「春に備えましょう」

そう告げるシリの声には、領主として、母としての覚悟が宿っていた。


次回ーー明日の9時20分更新 


雪深きノルド城で、戦の準備は静かに進む。

「寂しい」とこぼした声は、過去への祈りか、未来への覚悟か。


そして――

若い妾の問いに、正妻は微笑みながら答えを返す。


若い妾に夫を奪われて嫉妬しないの?


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この物語は続編です。前編はこちら ▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/


おかげさまで累計10万9千PV突破!

兄の命で政略結婚させられた姫・シリと、無愛想な夫・グユウ。

すれ違いから始まったふたりの関係は、やがて切なくも温かな愛へと変わっていく――

そんな物語です。

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