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備えの冬、友に向ける槍

翌朝、早朝稽古を終えた後、シュリは新たにできた落とし穴を見にきていた。


城の塀のそばには大きな落とし穴が掘られている。

「こんな短時間で・・・」

隣にいたリオウが驚いた声を洩らす。


「雪が降る前に間に合わせたのでしょう」

シュリは答えながら、落とし穴の先に立つシリを見つめた。


シリの目は、誰よりも冷静で、誰よりも遠くを見ていた。


こんな時間に、妃が現場にいる。


それだけで兵たちの背筋が伸びる。


「冬の間に木杭を作って欲しいの」

澄んだ声が、風に乗って聞こえてくる。


「木杭ですか?」

職人が訝しげに尋ねる。


「そうよ。この落とし穴に隙間なく木杭を打ち込むの――春になったら」

「はい」

「木杭の先は尖らせて」

「は・・・はい」


少し離れた場所で、重臣のジャックとノアがその様子を見守っていた。

ジャックは感心したように軽く口笛を吹く。


「・・・すごい妃だ」

「落とし穴に杭を仕込む。足を踏み入れた者は・・・串刺しになるな」


ノアが顎をさすりながらつぶやく。


「本当に」

ノアは身震いをした。


「だがあの妃は、ただ殺すために仕掛けるわけじゃない。見せつけるんだ――“ここを越えるには、命を懸けよ”って」


ジャックの発言にノアが真顔で見つめる。


その瞳は「本当に?」と問いかけているようだった。


「ノア、お前は参戦してないが、レーク城の争いの時は、あの妃に手を焼いた」


「そうなのか」


「ああ。次から次へと仕掛けを作って、我々を泣かせた。今回もいろいろ考えているだろうな」


ジャックが苦笑いを浮かべた。


その横顔を見ながら、ノアは複雑な表情で佇んでいた。



その夜――。


シズル領の領地にある館では、一人の男が葛藤に沈んでいた。


「あいつと刃を交えるのか」


帰宅したノアはため息をつき、着替えるその手をふと止める。


「・・・キヨと、本当に戦うのか」


ぽつりと洩らした言葉に、誰も返す者はいなかった。

侍女たちは気を遣い、遠巻きに立ち尽くしていた。


「あなた、どうされました?」

ノアの妻、マリーがそっと声をかける。


「いや、なんでもない。ただ・・・」

ノアはうつむいた。


「話してください」

マリーが柔らかく微笑む。


「ゴロク様も大事な主、そして・・・キヨも大事な友人だ」

ノアが切なさそうに言葉を紡ぐ。


ワスト領の領主、キヨ。

領民出身の成り上がり。

だが、心の底から笑える男。

泥臭く、憎めぬ才覚の持ち主。

ゼンシの下で、何度も命を預け合った戦友だった。


「マリー、私は・・・あいつに槍を向けねばならぬのか」


ノアの声が震える。


ノアは槍の名手だった。


「ゴロク様は争いに強い。そして、妃のシリ様は聡い。あの方の策は、いつも静かで優しく見えて――

気づけば、退路も選択肢も残されていない」


苦しそうな夫の顔を見つめ、マリーが静かに答える。


「あなたが槍を構える相手が、キヨ様であること。それがどれほど辛いか、私にもわかります」


彼女の手が、そっとノアの背に触れる。


「けれど・・・あの人は、あなたがここで迷っていることも、きっと分かっておいでです。

あの人こそ、あなたのことを誰より理解しています」


ノアは口元を引き結んだ。


「それがまた・・・苦しいのだ」


マリーはそっとノアの背に寄り添った。

冷たい風が、戸の隙間から吹き込む。


ノアの胸中は、静かに、けれど確かに乱れていた。


――あの妃と争うということは、理で抗うということ。


そしてその理は、心をも切り裂く。


その夜、ノアは一度も眠れなかった。



今回は短めですが、大事な展開の一つになるので書きました。


次回ーー本日の20時20分

冬の備えが進む城内。

シュリがふと手に取ったのは“ユウの瞳と同じ色”の青いリボンだった。

許されぬ想いに、ひとひらの優しさが灯る——。


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この物語は続編です。前編はこちら ▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/


おかげさまで累計10万8千PV突破!

兄の命で政略結婚させられた姫・シリと、無愛想な夫・グユウ。

すれ違いから始まったふたりの関係は、やがて切なくも温かな愛へと変わっていく――

そんな物語です。

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