寒いの、嫌い?
日に日に寒さが深まってきて、私たちは暖かい部屋にこもる時間が増えた。
ウイは刺繍の手を止め、炉の前に腰かけるユウを見つめた。
姉の横顔は火の揺らめきに照らされ、金の髪がほのかに輝いている。
――姉上、今、何を考えているの?
問いかけたくて、けれど声にはできなかった。
ユウは昔から、自分の想いを妹たちに明かすことがない。
母上を支える長女として、そうあろうと努めてきたからだと思う。
――もっと私に、心を開いてくれてもいいのに。
でも、私より――シュリのほうが、近い気がする。
そう思って、部屋の片隅に目をやった。
使用人用の椅子に座るシュリが、静かにユウの背を見つめていた。
その眼差しは・・・そう、どこかリオウのそれに似ている。
ウイは思わず、刺繍に目を落として針を運ぶ。
胸の奥がチクリとした。
隣の椅子では、レイが淡々と本を読んでいる。
廊下から慌ただしい足音が近づいてきた。
「ユウ様、南領領主のご長男・ハヤト様が面会を希望されています」
ヨシノの報告に、ウイは思わず声を上げた。
「南領? こんな時期に、あんな遠くから?」
「姉上にお逢いしたくて頑張ったのね」
レイがページをめくりながら、つぶやく。
「いえ・・・その、ミヤビに寄った“ついでに”と・・・」
ヨシノが言いよどむ。
「ミヤビからここまで来るのは、ついでに寄る距離じゃないわ」
レイの冷静な指摘に、ヨシノは困った顔をした。
その時だった。
「ユウ様にお逢いしたくて来られたのです」
勢いよく扉が開いて、エマが入ってきた。
「エマ、今日は寒いわ。気が乗らないの」
ユウは炎から視線をそらさずに言う。
「では中庭ではなく、客間にご案内しましょう。暖炉に火を入れてあります」
エマはすでに準備していたらしい。
けれど、ユウは首を振った。
「客間だと二人きりみたいで息が詰まるわ」
「二人きりではありません。シュリもいます」
エマは一歩も引かない。
「それなら・・・中庭で話すわ。ヨシノ、コートを」
「まさか外で?」
エマが反対すると、ユウはひとつ息を吐いた。
「ここが寒い領地なのは、向こうも承知しているわ。寒ければ、話も早く終わるでしょう」
エマは苦笑する。
こういうところが、シリ様にそっくりだと思う。
年頃の娘なら頬の一つでも染めそうな場面なのに、ユウはあくまで冷静だった。
廊下を進みながら、エマがヨシノに小声で尋ねる。
「ヨシノ、これまでに・・・ユウ様が好意を示した殿方っていた?」
「いませんね・・・」
エマは小さくため息をついた。
――たくさんの人と出会えば、ユウの視線も変わるかもしれない。
シュリ以外の誰かに、少しでも心を動かしてくれたら。
そんな願いがあった。
「・・・ただ、ひとつだけ」
ヨシノが思い出したように言う。
「リャク領の方について、“鼻が我慢ならない”と」
「鼻?」
「“朝から晩まで、あの鼻と一緒なんて無理”と仰っていました」
「・・・それだけ?」
「はい」
エマはがっくりと肩を落とした。
◇
中庭に立つユウの姿を、ハヤトは目を見張って見つめていた。
銀色のコートに身を包み、静かに立つその姿は、まるで雪景色に咲く花のようだった。
多くを語らず、けれど真っ直ぐに見つめるまなざし。
時折ふと落とす影のような表情。
それだけで、言葉よりも強く彼を惹きつけた。
滞在は長くなり、「春になったらまた来ます」とハヤトは何度も口にした。
「寒かったわ」
客間に戻ったユウは、暖炉の火に手をかざした。
「長いんだもん、あの人」
後ろに控えるシュリに、ふと振り返る。
「寒くなかった?」
シュリは、長い間、ユウと共に中庭にいた。
「いえ。朝稽古で慣れていますから」
ユウは黙って、彼の手元に視線を落とした。
赤くなった手の指先が、どこか痛々しく映る。
「シュリ、こちらへ」
椅子を示す。
「え、いえ、それは・・・」
客間の椅子に、使用人が座るなんて。
「いいの。わたしが許可するわ」
ためらいがちに腰を下ろすシュリに、ユウは静かに身を寄せた。
そして、ふと彼の目を見つめる。
「・・・寒いの、嫌い?」
唐突な問いかけだった。
けれどその声音には、どこか遠い記憶を探るような響きがあった。
シュリは、耳まで赤くして、黙って首を振った。
それを見て、ユウはわずかに視線を落とす。
その表情に、微かな翳りが差す。
「最近、妙だと思わない?」
「・・・妙、とは?」
「城内の雰囲気よ。争いが起こる前の、変な静けさがある。母上の様子も、少し違う気がするの」
シュリはうなずいた。
「確かに。朝稽古でも、ノア様とジャック様が頻繁に何かを話しています」
「何の話かわかる?」
首を振るシュリ。
ユウもまた、そっと目を伏せる。
「・・・やっぱり、何かがおかしい」
しばらく火を見つめたあと、ユウは声をかけた。
「シュリ、手を」
差し出された手をそっと取って、ハンドクリームを塗る。
ユウの顔が赤いのは、暖炉の火が暖かいから。
それ以上のことはーーない・・・はず。
その静かな時間のなか、シュリは心の中でつぶやいた。
――今は、客間で二人きり。この距離で、平気なんですか?
けれどそれを聞くことはできなかった。
問いの代わりに、ただ、静かに時間が流れていった。
次回ーー明日の20時20分更新
政と愛が交錯する冬の城――。
届き続ける縁談の手紙、そして迫る争いの気配。
ユウの心は、誰に向くのか。シリは静かに備えを始める。
“生き残るために。今、できることを。”
===================
この物語は続編です。前編はこちら ▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/
おかげさまで累計10万9千PV突破!
兄の命で政略結婚させられた姫・シリと、無愛想な夫・グユウ。
すれ違いから始まったふたりの関係は、やがて切なくも温かな愛へと変わっていく――
そんな物語です。
===================




