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静かなる稽古、静かなる決意

朝の冷気がまだ残る廓に、打ち合う音が響いていた。


シュリはひとり、無言で素振りを続けていた。

規則正しいその動きに、隙はない。


リオウは足音を忍ばせながら近づき、軽く咳払いをした。


「一太刀、願いたい」


シュリの手が止まる。


振り返る茶色の瞳に、驚きも警戒もなかった。


ただ、静かに頷いた。


「構いません」


剣を構えるシュリを見て、リオウは思った。


なぜユウがこの男に笑いかけたのか――確かめたかった。


数合、打ち合った。


実力は拮抗していた。


けれど、思っていたよりもシュリの剣は重く、リオウのほうが僅かに劣る。


「もう一度、お願いしたい」


リオウの声には、焦りにも似た熱が混じっていた。


目の前の相手――シュリは息を切らしながらも、静かなまなざしでうなずいた。


「はい」


木刀が交差し、乾いた音がまたひとつ響いた。


何度、打ち合っても勝敗はつかない。


リオウはシュリより5歳年上、そして、長身だ。


力では勝っているはずなのに、間合いの読み、無駄のない動き、そして・・・迷いのなさ。


上手い。


そう認めざる実力が、この少年にはあった。


ーーこれが、あの人を守ってきた人間の剣か。


初めてだ。


自分より幼い少年の一撃が、これほどまでに重く感じたのは。


廓に木刀がぶつかる音が響くたび、リオウの中で何かが揺らいでいく。


打ち合いで、こんなふうに「どうすればいい」と自問するのは。


視線の先では、木刀を構えるシュリがこちらを真っ直ぐに見ていた。


冷たい瞳ではない。


けれど、感情を表には出さないその眼差しには、不思議と力がある。


ーーあの少年は・・・なぜ、こんなにも強いのだ。


そしてもう一つ、理解できない感情があった。


悔しさでも、嫉妬でもない。


たとえるなら――


ーー並び立ちたい、のか。


自身の胸の奥に浮かんだ言葉に、リオウはわずかに顔をしかめた。


けれど次の瞬間には、また木刀を振り上げる。


思考は一度、後回しだ。


ーーならば、俺も。


2人の打ち合いは続く。


白熱した稽古に、稽古場の皆の視線が集まる。


「もう、そこまでだ。2人とも終わりにしろ」

重臣 ジャックが静かに2人の間に入った。


「はい」

リオウは息を切らしながら答える。


「承知しました」

シュリは静かに額の汗を拭う。


「・・・また」


リオウは深く息を吐き、剣を納めた。


その背を、シュリは一礼して見送った。



「2人とも、随分頑張っておったようだな」


ゴロクは、少しだけ口元を緩めながら、椅子に腰を下ろした。


目の前の机には、紙が丁寧に並べられている。


「ええ。白熱した稽古だったようで」


そう答えたのは、シリだった。


「頼もしい。未来のシズル領を支える2人になるだろう」

ゴロクは満足そうに話す。



目の前に並んでいる、

紙の束には、保存食、薬草、避難経路といった文字が整然と並んでいた。


「シリ様・・・これは?」


「・・・戦の準備、です」

シリは静かに答える。


「なんと。一生懸命行なっていたのは戦いの準備とは・・・」


ゴロクが動揺するのも無理がない。


女性は政治や戦いに口と手を出さないのが良しとされている時代だった。


「女たちでできることを、少しずつでも。後方支援をしたいのです」


その声は、穏やかでいて決然としていた。


「誰かに指示されて動くのではなく、自分で決めて、動きたいのです。

この城を――家族を、守るために」


シリは、まっすぐにゴロクを見つめた。


ゴロクの眉がわずかに動いた。


「後方支援、とは?」


「薬草の確保、保存食の準備、避難路の確認、そして――子どもたちの護送計画も」


シリは迷いなく言った。


「女たちの務めは、ただ怯えていることではありません。守りたいなら・・・動くしかないのです」


その言葉に、ゴロクは深くうなずいた。


「任せる」


「反対されないのですか?」

思わずシリは質問をしてしまった。


ーーこんなに、あっさりと承諾を得られるとは。


シズル領は強領だ。


シリの願いは一蹴されると予想していた。


「妾たちを労働に使っても・・・」


「かまわぬ」


「・・・ゴロク、なぜ?」


「シリ様が優れたリーダーであり、策士なのは、この私が一番知っている」


「えっ」


「レーク城での争い。あれは散々手を焼いた」

ゴロクは懐かしそうに微笑んだ。


「・・・そうでしたね」


かつて、レーク城の争いがあった時に、シリが仕掛けた罠や作戦で、

ゴロクや家臣たちは散々振り回された。


「好きにするがよい」


「ゴロク・・・ありがとう」


女でもーー争いに参加することができる。


その夜、廓の灯がともる頃、静かな覚悟がひとつ、積み上がった。


剣を握る若者たちと、紙に策を描く女。


稽古の汗とインクの香りが交わるこの城で、誰もができることを探していた。


それは、静かに始まるもうひとつの戦いだった。



次回ーー本日20時20分「妾を抱いてください」

稽古場では、フィルが静かに不満を滲ませ、シリは妃としての覚悟を新たにする。

そして、愛と政――決して交わらぬ二つの間で、ひとつの決断が下される。

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この物語は続編です。前編はこちら ▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/


おかげさまで累計10万8千PV突破!

兄の命で政略結婚させられた姫・シリと、無愛想な夫・グユウ。

すれ違いから始まったふたりの関係は、やがて切なくも温かな愛へと変わっていく――

そんな物語です。

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