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妃の苦悩 私は、男に生まれたかった

「手紙です、ゴロク様。ミンスタ領からのようで」


重臣ハンスの声に、ゴロクは頷いて受け取った。


差出人はマサシ。シリの甥だ。


封を切ると、厚い羊皮紙に記された一文一文が、彼の手を重くしていく。


その文には、こう記されていた――


『父ゼンシの葬儀は、香を焚き、花を飾り、音楽が絶え間なく流れる盛大なものだったらしい。


街中に喪の装束を着た者があふれ、民は沿道に膝をつき、

弔いの行列を見送ったとか。


城門には錦が掲げられ、鐘が鳴らされ、かつてないほど荘厳なものらしい。


喪主はキヨシが務め、キヨはその背後にあってすべてを取り仕切っていた。

民のあいだでは今、「ゼンシ様の跡継ぎはキヨ様だ」という噂が広まりつつある。


民の目にそう映れば、それが“現実”になる――キヨがそう言っていた通りになりそうだ』



ゴロクは眉をひそめた。

その手紙を読みながら、唇を強く結ぶ。


その知らせを聞いたシリは、思わず声を上げた。


「キヨが!? なぜ・・・! あの者には、モザ家の血は一滴も入っていないのに!」


「喪主を務めたのは、キヨシ様とのこと。ゼンシ様の三男です」


ハンスの説明に、シリは言葉を失い、そして静かに呟いた。


「・・・このままでは、モザ家がキヨの――操り人形のように扱われてしまう」


ゴロクはすぐに立ち上がった。


「ハンス。重臣会議を開く。すぐに招集を」


「はっ」


「会議を進める」


そう告げると、ゴロクは書斎を後にした。

その背中に、シリは言葉をかけることもできなかった。


ーーシズル領では、すでに確固とした政治体制が築かれている。


かつてのワスト領のように、妃が口を挟む余地など、どこにもなかった。



城の会議室。


「キヨを征伐するために、すぐにでも挙兵すべきです!」

重臣ジャックが拳を打ちつけて叫ぶ。


「我らもそのつもりだ・・・だが・・・」


ゴロクは言い淀む。


「このシズルの土地において、冬の近い今、兵を起こすのは不利にございます」

老臣ハンスが穏やかに諫める。


窓の外には、すでに雪の気配が滲んでいた。

道は凍り、鉄は軋む。兵糧も兵の身体も保たない。


「・・・そうだな。戦の火は春に備えるとして、今は――時間稼ぎの策が必要だ」


ゴロクは顎に手を添えて静かに言う。


「私とキヨは旧知の仲。ここは一度、和議を申し出ましょう。このノアに任せてもらえないでしょうか」

重臣 ノアが前に出て頭を下げる。


「ノア、お前ならば、波を立てずに済むかもしれない」


ゴロクは頷きながら話す。


「和議には・・・私が同行します」


静かに立ち上がったのは、マナトだった。


「ワスト領で育ちました。地形も事情も把握しています」


「マナト・・・頼むぞ」


「はっ。明日には出立できます」


「では、我らはその間に軍備を整える。稽古も怠るな」

ジャックが力強く言い、袖をまくった。


会議は明け方まで続いた。

その夜、ゴロクがシリのもとを訪れることはなかった。



窓の外は、すっかり夜に沈んでいた。

部屋に差し込む灯りも、凍てつくように冷たく感じる。


エマがそっとシリに湯を差し出す。


会議室の灯りを眺めながら、シリはぽつりと呟いた。


「・・・羨ましいわ」


「何がですが?」


「策を立て、争いに加わり・・・キヨを倒すことができる。

もし、私にそれが許されたなら、どんなに素晴らしいでしょうね」


エマは困ったように眉を寄せる。


「・・・わかっているわ。妃らしくないことくらい」


「はい・・・」


シリは湯の湯気を見つめながら、静かに言った。


「私は・・・男に生まれたかった」


その声は、誰に届くこともなく、ただ夜の帳のなかへと沈んでいった。


次回ーー本日20時20分更新


和議のため、ノアとマナトはワスト領へ。

再会したキヨは、穏やかな笑顔の裏で牙を隠す。

「争いは避けられぬ」と静かに語ったその瞳に、

未来を揺るがす強い意志があった。


仮初の平穏。その裏では、静かに火種が育っている


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この物語は続編です。前編はこちら ▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/


おかげさまで累計10万8千PV突破!

兄の命で政略結婚させられた姫・シリと、無愛想な夫・グユウ。

すれ違いから始まったふたりの関係は、やがて切なくも温かな愛へと変わっていく――

そんな物語です。

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