表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/267

ドレスと策謀のあわいにて

「シリ様、お似合いです」

エマが頬を緩めながら、ドレスの裾を丁寧に整える。


この日の夕方、仕立て屋が夜を徹して仕上げたという一着――


ゴロクが選んだ布地を使った、新しいドレスに、シリは静かに袖を通していた。


鏡の中に映るのは、淡いクリーム色の光沢を帯びた衣。


「・・・いい色ね」

そう呟いたのは、誰でもなく、シリ自身だった。


エマが目を見張る。


「シリ様が、ご自分でそう仰るのは珍しいですね」


シリは少しだけ微笑んで、目を伏せた。

ーーたしかに、私は“自分のために装う”ことを、ずっと忘れていたのかもしれない。


ふと、扉の向こうから控えめにノックの音が響いた。


「ゴロク様がお見えです」


エマの声に、シリは小さくうなずいた。

深く息を吸い、ゆっくりと立ち上がる。


夕焼けの光の中で、私はまたひとつ、違う顔を手に入れるのかもしれない。



穏やかな夕方を過ごしていた頃ーーー


ワスト領 キヨの城。


「兄者、告別式の参加者名簿です」


エルが分厚い紙束を差し出すと、キヨは目を細めた。


「助かるぞ、エル」


手に取るなり、パラパラとめくる。


「言いつけ通り、モザ家の血縁には招待状を出していません」


「うむ・・・それで良い」


満足げにうなずいたキヨに、エルが問いかける。


「キヨシ様には、いつお伝えします?」


キヨシ――ゼンシの三男であり、キヨの養子。


キヨには子供がいない。


いずれ、この領を継がせる予定の青年だ。


「まだだ。ギリギリまで内密にせよ。モザ家に知られたら台無しになる。

あやつには、引き続きチク島で任務にあたらせろ。情報が漏れぬようにな」


「・・・はい」


エルの表情が曇る。


ーー本当に、このままモザ家の許可もなく告別式を強行するつもりなのか?


準備を進めるほどに、自分が争いの火種を作っているようで、不安が募っていく。


ふいに、キヨがぽつりとこぼした。


「・・・シリ様に会いたいのう」


「・・・」


「・・・四ヶ月。長いのう」

キヨは窓の外を見やった。


「たった一目でいい。あの瞳が、わしを映せば・・・それだけで」

その言葉の端に、焦がれとも執着ともつかぬ熱がにじんでいた


そのつぶやきに、エルはつい皮肉を言いたくなった。


「なら、告別式に招待すればよろしいのでは?」


「ならん! それはならん!」


キヨが声を荒げたかと思えば、肩を落とす。


「ああ・・・残念じゃ。

けれど、来年の今頃には・・・シリ様はこの城におられるようになるだろう」


その言葉には、奇妙な確信が滲んでいた。


「この告別式は、始まりに過ぎん。シリ様を迎える道筋は、もうすでに……」

キヨは笑みを浮かべながら話し続ける。


「そんなこと・・・」


否定しかけたエルだったが、思わず口ごもる。


ーーひょっとして、本当に。


この男の“言葉”は、不思議と実現してしまうことがある。


運と才覚――それがキヨにはあった。


「ノアも招待したかったのう」


招待者リストを見つめながら、キヨがぽつりと呟く。


「ノアは・・・シズル領の重臣ですから。難しいですね」


「まったくだ。良い友であったのに・・・」


キヨとノアは、かつて共にゼンシに仕えた仲だった。


領民出身のキヨを見下す者が多い中で、ノアだけは違った。


「・・・あいつだけだった。ワシのことを馬鹿にしなかったのは」


「そうですね」


エルもうなずいた。


自分たちがどれほど侮られてきたか、身に沁みて知っている。


「ゴロクの家臣になるなんて、まったく・・・。まあ、来年には、あいつもワシの家臣じゃな」


冗談めかして言ったその言葉に、エルは笑えなかった。


キヨの目が、本気でそう語っていたからだ。


そして――


ゼンシの告別式まで、残り四日。


それは、ただの恋ではなかった。


愛と執着、名誉と復讐――


そのすべてが、告別式という名の“劇場”へと集いはじめていた。

ーー次回


ユウに届く縁談の手紙。

リオウとの面会で揺れる胸の内。

けれど、一番気になるのは――シュリの視線。


そして、ミンスタから届いた一通の文が、

静かに未来を変えてゆく。


本日の20時20分更新します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ