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好きとは、言わない


その日の夕暮れ、ユウとシュリは二人で廓へ向かっていた。


「もう一度、馬を見たいの」


とユウが言ったのだ。


石畳を踏みしめる音だけが、しんとした空気に響いている。

シュリは黙って、その背中を見つめていた。


元より口数の少ない少年だったが、今日はいつも以上に寡黙だった。


どうしても、昼間の光景が脳裏をよぎる――


ユウと、リオウ。


二人が並んでいる姿は、眩しいほどにお似合いだった。


背丈、佇まい、家柄、笑顔の気安さ・・・どれをとっても自分よりふさわしい。


あの人の隣に立つには、自分では釣り合わない。

名前も、立場も、家柄も――何ひとつ持たない


これから、あの二人が心を通わせていくのだろう。

何度も、こうして胸が締めつけられるのだと思う。


「・・・シュリ」


不意に、ユウが足を止めた。


「はい」


その背中を見つめたまま、シュリは答える。


「リオウさんって素敵な方だったわ。・・・シンに、少し似ていた」


「・・・はい」


ここで、『お似合いでした』と言うべきなのだ。


けれど、喉がつかえて言葉にならなかった。


「背の高さはセン家の血筋でしょうね・・・ 笑顔や雰囲気が、少しだけ」


ユウはぽつり、ぽつりと言葉を紡ぐ。


風が髪を揺らしているのに、彼女の立ち姿はぴたりと止まったままだった。


「シンが生きていたら、どんな人になっていたのかしら」


静かな声に、わずかな震えが混じる。


「・・・そんなこと、考えても仕方がないわよね」


自分で言い直して、ふっと微笑む。


その笑みは儚げで、どこか遠くを見ていた。


しばらく黙って歩いていたが、ふいに言葉を継いだ。


「リオウさんは私に好意を抱いているようだったわ」


「・・・はい」


「きっと、見た目でしょうね。私の顔が、母に似てるって言ってたし」


「そんなこと・・・」


「いいのよ、責めてるわけじゃないわ。誰かに好かれるのは、ありがたいことだもの」


そう言って、ユウはふいに振り返る。


そして、まっすぐに。


「でもね、私は・・・シュリと話してるほうが楽しいわ」

ほんのわずかに、声が揺れていた。


金の髪が風に揺れ、その瞳がまっすぐにシュリを見つめていたが、

その奥にあった何かを、シュリはまだ知らない。



「え・・・」


「それは・・・」


口を開けたまま、シュリは言葉を失った。


楽しい――?


そんなことを、言われたことがなかった。


「楽しい」という言葉の中に、それ以上の何かがある気がして――


でも、確かめるのが怖かった。


胸の奥に、小さな火が灯るようだった。


――この人の手を、取ってしまいそうで。

自分が、自分でなくなってしまいそうで。


シュリはただ、呆然とその場に立ち尽くしていた。


ユウはもう、先に歩き出している。

いつものように、迷いなく。




その様子を、離れた場所から見ていたのは、重臣のノアだった。


廓の見回りに来ていたところだったが――思わず立ち止まってしまった。


「姫様は、なんと大胆なことを・・・」


つぶやきながらも、目元に笑みがにじむ。


乳母子と姫君。

本来なら、許されぬ組み合わせ。


だが、それでも。

朝ごとに稽古に励むあの少年を、ノアは知っていた。


礼儀を欠かさず、剣を怠らず、誰よりも控えめで誠実。


ーー若い頃の自分に、少し似ている。


そんな思いがよぎる。


「まったく・・・困ったものだ」


けれど、その声にとげはなかった。


ノアはそっと歩み寄り、肩をすくめるシュリの背に手を置いた。


「少年、良かったな」


「えっ、あ、いや・・・! そういうのではなくて!」


しどろもどろになりながら、シュリは真っ赤になって否定する。


その様子を見て、ノアは声を出さずに笑った。


「わかっておる。だが・・・人を好きになることは、悪いことじゃない」


そう言って、彼は静かに去っていった。


ノアの背中は穏やかだった。


迷いながらも、心根のまっすぐな男――そう見える者も、確かにいる。


シュリは、気を引き締めるように深く息を吐いた。


そして、小走りでユウのあとを追った。

その背中は、夕陽の中で金色にきらめいていた。


少年の心に灯った火は、まだ小さく、頼りない。



けれどその夜、別の場所でも、ひとつの言葉が静かに発せられようとしていた。


――「私は、あなたを好いています」

次回ーー

「私は、あなたを好いています」

静かな夜、囁かれた想い。

触れられぬ心が、少しずつ動き出す。


明日の20時20分更新


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この物語は続編です。前編はこちら ▶︎ https://book1.adouzi.eu.org/n2799jo/


おかげさまで累計10万6千PV突破!

兄の命で政略結婚させられた姫・シリと、無愛想な夫・グユウ。

すれ違いから始まったふたりの関係は、やがて切なくも温かな愛へと変わっていく――

そんな物語です。

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